自称タレント。その言葉から受けるイメージはタレント事務所に入ってはいるが、まだアルバイトは続けている。 いわゆる売れないタレント。同様に自称ミュージシャンや自称作家も「売れない」という冠を付けられているようだ。こういった「自称○○」という表記を新聞の事件記事で良く見かける。一体全体どういったライン引きで自称とされているのか。年収なのか!? 私自身が関西で超ローカルなMCタレントをしているだけに他人事ではない。 先日とあるバーで隣り合わせた方が偶然にも大手新聞社の記者さんだったので真相を聞くことに成功した。 名刺もいただいたし、自称新聞記者ではないはず。 記事にするにあたり容疑者の住所・氏名・年齢・職業は基本データとして必要な情報だという。職業の自称○○はその職業による収入は関係なく、本人の言っていることを警察や記者が事実確認を取れなかった場合に表記されるらしい。実際には容疑者は警察に拘束さ
もしかすると『日記』という言葉が錯覚を生んでるんじゃないかな、と思った。個人的なものだったはずの日記をなぜ私たちは公開するようになったのか、というような、書かれている文章が日記であることを前提にしている言説、に、軽い違和感を覚えてしまったからだ。書かれているものを『日記』と呼んでしまっていいのだろうか、というような疑問を覚えてしまったわけである。考えてみよう、と思った。まず考えたのは、独白を記録する『日記』という文章形式がもともとあったんだよな、ということだった。次に考えたのが、誰でも文章を公開することができるネットという『場』ができたわけだ、ということだった。結果として、その『場』で公開される文章の中に『日記』という文章形式を踏襲したものが誕生しただけなんじゃないのか、という思考に達した。つまり、ネットが普及したことにより日記が公開されるようになった、わけではなくて、ネットで公開する文章
えっと。 ブログの発展によってサイト様の数は増加の一途を辿っていますー。 それに伴って、微増カモ知れませんケド巡回するサイト様の数は増えていると思うのですよー。 では、ネットサーフィンにかかる時間は増えているのでしょうかー? もなみはキチンとデータを出したわけではありませんケド、たしかに1人あたりがネットに接続する平均時間は上昇していると思いますー。 でも、ネットサーフィンにかけられる時間が増えたかと言いますと、そんなことはないと思いますー。 なぜなら、ブログの発展は今まで読み手だった方も書き手側になりやすくし、またソーシャルネットワークやメッセンジャーサービスが流行したこともあって、増えた時間は自らが書き手に回る時間に消費されていると考えられるからですー。 さて、ネットサーフィンにかけられる時間が変化していないのに、巡回するサイト様の数が増えた場合、どんなことが起こるのでしょうかー。 ま
まなめはうす 2005-10-14 (Fri) 09:21 またまたうまくまとめられちゃいました。あの記事を書いたときの自分は、伝えたいことをすべての人に変わらずに伝える力を文章力としてとらえていました。いろんな人の記事を見て、だいぶおもしろくなってきました。 以下、とてもとても勝手に言うけれど。 まなめさんの文章はいつもどこか「スキ」があると思う。その「スキ」ってものは、想像力で簡単に埋まるものだとわたしは思う。そういうとこが「スキ」。…ってベタだ。。。 でもこれは時々、ツッコミどころになると思う。読みようによっちゃ、読み手の個性によっちゃ、解釈いかようにもなるってとこがある、これも「触発」だよね。この辺が、えっけん氏の「触発」と対称的なところだとわたしは思う。そして、それで返ってくるものから拾えるものも大きいと思う。 両者とも、「触発」の結果をいつもちゃんと拾おうとしてることには好感。
週刊ゴングの前編集長、"GK"こと金沢克彦氏が日本スポーツ出版社を十一月末に退社し、フリーになるとのこと。 それにともないGKが担当していたコーナーも終了で、ターザン山本!氏との「巻頭"突撃!"座談会」も終わり。 残念だなぁ〜。 週刊ゴングではこの座談会だけが楽しみだったのになぁ。 この座談会はプロレス団体や選手に迎合せず、歯に衣着せぬ発言や意見が交わされるシュートな場だったのに。 これから週刊ゴングも週刊プロレスみたいに媚び媚びのファンジン化していくのかな? 昔は週刊ゴング・週刊プロレス・週刊ファイトと三誌紙を毎週購入してたんですが、取材拒否で飛ばし記事を掲載しなくなってからファイトを、アイドル路線(笑)で媚び媚び雑誌になってから週プロを購入しなくなってたんです。 ゴングだけは昔ながらのプロレス雑誌の立場を守ってたのでずっと購読してたんですが、これからどうなって行くのかなぁ。 水曜日がち
「ピアノが弾けるやつが一人、必要なんだ。おい、誰か連れてきてくれよ」 と言われて、連れて来られるようになったら、とりあえず、その人は「ピアノが弾ける」ということになるでしょう。 1回目は、「ほかに適当なひとが見つからなかったから、弾けそうなひとを連れてきた」という場合もあるかもしれませんが、2回目、3回目と、お呼びがかかるようになったら、その人は“ピアノ弾き”です。 つまり、周囲の人間が、「ピアノが弾ける」と認めているということであって、必ずしも、上手下手は関係ないのかもしれません。 でも、これは他人に認められることを前提とした話。 「ピアノが弾けるようになりたい」と思っている初心者にとって、そこまでのレベルは要求されるものではありません。 1曲でもいいから、自分が弾きたいと思っている曲が弾けるようになりたい。 楽しんで、ピアノが弾けるようになりたい。 レパートリーを増やしたい。 アマチュ
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