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ブックマーク / chochin-uotaka.hateblo.jp (15)

  • 好きを貫け - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜

    自分がどんなに好きなものでも、嫌いな人もそれが好きだと知ると、なぜか途端に熱が冷めることがある。 嫌いな人が好きなものは、全て憎むべき対象に思えてくる。 もちろん、頭では嫌いな人と嫌いな人が好きなものとは何の関係も無いことは理解できるのだ。 それでもそんなふうに思ってしまうのは、嫌いな人と同じ価値観を持ちたくないという気持ちから生まれるものだろう。 でも、当然嫌いな人とだって価値観の重なる部分は少なからずあるだろう。 嫌いな人が好んでいるという理由だけで、自分の好きだったものや好きになれそうなものを嫌いになるなんて、もったいない。 そんなフィルターは捨てて、真っ新な状態で世界を見よう。 嫌いな人が増えれば増えるほど、世界がどんどん狭くなっていくのは良くない。 嫌いな人に価値観を左右されることが、最も悔しいことだから。 逆に、好きな人に合わせて、そんなに好きじゃないものを好きになろうとするこ

    好きを貫け - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜
    koenohon
    koenohon 2023/07/09
  • あの日 - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜

    先日、五年ほど前に書いた日記を読み返していたら、当時の辛い気持ちを綴っていたものがあった。 こんな気持ちになっても、なんとか生きていけるということを示したいので、今日、ブログに載せようと思う。 僕には生まれた日の記憶がある。 ベッドで寝ている母の隣に置かれた。 母は微笑んだ。 僕も笑った。 その時の僕には怖いものなど無かった。 それから二十数年が経つ。 現在は不安と恐怖に押し潰されそうになりながら、死を切望している。 これまで生きてきた足跡である記憶を、すべて消し去りたいとさえ思っている。 何も知らなかったあの日より、成長しているはずなのに。 ごめんな、君を幸せにしてやれずに。 これでも精一杯頑張って生きてきたつもりだったんだ。 親や自分自身の期待に応えたいと思って生きてきたんだ。 結局僕は何一つ成し遂げることもできず、誇れるものも無く、まるで最初から何も無かったかのようにして、君に謝るこ

    あの日 - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜
    koenohon
    koenohon 2023/02/22
  • 忘れたいけど忘れたくない - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜

    記憶というのは、なかなか厄介なものだ。 記憶力がなければ未来を目指すことなどないので、もちろん行動不能になるが、記憶力がありすぎれば過去にとらわれすぎてしまい、やはり行動不能となる。 要するに、記憶力はバランスが大事なのだ。 ほどよく覚えてほどよく忘れるのがよい。 とはいえ、忘れたい記憶ほど忘れられず、覚えておきたい記憶ほど覚えられないのが、なんとも不思議だ。 だからこそ、過去にとらわれすぎて動けなくなる人もいるのだろう。 未来へ進みたいと思うからこそ、動けない自分に焦ったり嫌気がさしてしまう。 ならばいっそのこと、一度歩みを止めてもいいのではないだろうか。 未来を追わず、過去を振り返らず、現在だけに集中できるように、今この瞬間に止まってみる時間が必要なのかもしれない。 何もしたくなければ何もしなくていい。 とにかく、好きなこと、やりたいことだけをして、今を充実させよう。 誰の役にも立って

    忘れたいけど忘れたくない - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜
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    koenohon 2023/02/05
  • 贖罪 - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜

    人間誰しも過ちの一つや二つあるだろう。 しかし、その過ちを、己という作品のキズのままにしてしまう者と、そのキズすらも己の一部として受け入れる者とがいる。 もちろん過ちの大小もあるだろうが、その違いは何なのだろうか。 一度過ちを犯してしまえば、まるで自身が汚れたかのように感じ、その汚れを拭い去ることは容易ではない。 自分を許せるくらい後悔し、他人から許されるくらい反省しなければならないだろう。 そして、何度でも新たな自分へと生まれ変わらねばならない。 それでも、自分は許しても他人が許さない、あるいは他人が許しても自分を許せない時もあるかもしれない。 そんなもどかしい状況で大切なのは、自分のこれまで積んできた功徳と当に許しを請うべき相手を見つめ直すことだ。 徳はいくら積んでも積みすぎるということはないが、ある程度積んでいれば自信となる。 また、知らず知らずのうちに当に許しを請うべき相手を見

    贖罪 - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜
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    koenohon 2022/12/21
  • 老害ってなんだ? - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜

    世の中には少なからず迷惑な老人もいることだろう。 だからといって、何でもかんでも老害という言葉で片付けるのはいかがなものか。 やはり、年齢を重ねている分だけ、年配の方にはある程度の敬意をはらうべきではないだろうか。 老害という言葉は間違いなく、年配の方を攻撃する言葉である。 そして、それを使う人たちは、そんな攻撃をしなければならないほどの被害を受けたのだろうか。 また、そんな被害を受けたとしても、適切な言葉による対応をすべきであって、老害などという抽象的で一方的な言葉は間違っているのではないだろうか。 老害などという言葉が蔓延ると、年配の方は正しい主張であっても、言うことを躊躇うようになるかもしれない。 そういう汚い言葉が流行るのは、美しくない。 全ての世代の人が、お互いに気持ち良く生きていける世の中を目指してほしいと切に願う。

    老害ってなんだ? - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜
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    koenohon 2022/11/04
  • 君の記憶に僕はない、僕の記憶に君は居座る - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜

    僕は何者にもなれないまま、息をしなくなるのだろうか。 どうせ僕のことを必要としてくれる人なんて、いないと感じる。 僕は誰の記憶にも残らず、消えていく。 僕は自分だけを満足させて生きていくしかない。 でも、そうやって自分を騙すこともうまくできない。 やっぱり、過去の嫌な出来事が頭から離れない。 嫌なことばかり思い出して、楽しいことが思い出せない。 どうせ忘れられないなら、いっそのこと心に刻もうか。 そんなことを考えていると、自分がどうしたいのか、何が楽しいことなのか、そんな簡単なことですら分からない。 僕はどこからどこまでで、どれがホントの僕なんだ。 頑張って当たり前で、頑張らないとダメな世の中なら、そこまでして生きたくない。 僕には僕の人生があるのに、どうしてたくさんの人に踏みつけられなきゃいけないんだ。 社会や他人のせいにするなって言うけど、それを言う奴は僕のせいにするんだろ。 そんなに

    君の記憶に僕はない、僕の記憶に君は居座る - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜
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    koenohon 2022/10/04
  • 生きづらい人と繋がりたい - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜

    自分と同じような死にたい人と繋がりたいと言うと、どうして死にたいのに人と繋がりたいのかと思う人もいるらしい。 だが、そういう人たちは、想像力や思いやりが欠如している。 何の理由もなく死にたい人などいないのだから、当然死にたい人にはそれ相応の理由がある。 そして、その理由には必ず人が関わっている。 ということは、逆に言うと、こうだったら生きられるというものも存在するはずなのである。 つまり、死にたい人でも、死ぬ前に宝くじを買うように、最期に望みを繋ぐように誰か自分を理解してくれる人を求めることも決しておかしいことではない。 だから、死にたい人と繋がりたいと言っているからといって、その人は当は死ぬ気がないと決めるのは愚かだ。 人は生きるために生まれてきたのであり、その質には当然「生きたい」という強い思いがあるはずだ。 ところが、さまざまな不運な出来事によって、その能にまさる理性が働いて「

    生きづらい人と繋がりたい - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜
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    koenohon 2022/09/30
  • 愛憎の果てに - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜

    近頃、愛することの難しさに頭を悩ませる。 家族、恋人、友達など、愛すべき人はたくさんいるだろうが、正しい愛し方とはどのようなものだろうか。 たとえば、愛する人が誰かに傷つけられたとする。 当然、自分のことのように悲しみ、怒り、相手を憎むと思う。 しかし、だからといって、その相手を自分が代わりに傷つけてはいけないのではないかと考えるのだ。 あくまで、それは愛する人と傷つけた人の問題であって、自分に口出しする権利はないような気がする。 だからこそ、法律があって、裁判官がいるのだと思う。 ただ、そんな考えになってしまう自分は薄情なのかもしれないと悩んでしまう。 結局、自分には、愛する人と共に泣き、悲しみ、怒り、寄り添うことしかできない。 自分一人の「人」としての域を、超えれば傲慢になり、狭めれば卑屈になる。 その枠の中で、愛する人を精一杯自分の手で守っていける「人」になりたい。

    愛憎の果てに - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜
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    koenohon 2022/09/09
  • 親と子、為政者と民 - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜

    親子の関係は、一見フェアではない。 そう言うと、親の立場が強くて子の立場が弱いのだと思われるかもしれない。 しかし、そうではない。 子が正しくないのならば、親も正しくないが、子が正しいからといって、親が必ず正しいかと言われればそうではない。 ここで言う「正しい」は、「道を踏み外していない」と置き換えてもよい。 つまり、子が正しくなければ、親は連帯責任で正しくなくなるが、子が正しいからといって、それが親自身の正しさの証明にはならないという一見アンフェアな状態になっている。 だが、それを承知で親になり、子の人生に対する責任を負うのであるから、決してアンフェアとは言えないだろう。 ところで、この関係性は、為政者と民の関係にもよく似ていると言える。 もちろん、為政者の背負う民に対する責任は、その数の多さから、親の子に対する責任よりも難しいものとなっている。 また、民が飢えているならば、それは為政者

    親と子、為政者と民 - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜
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    koenohon 2022/08/26
  • 俺ら田舎さ行ぐだ - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜

    忙しない現代に生きていると、ふとのんびりした生活に憧れることがある。 人は道具を生み出して、生活をどんどん便利にしていくが、それによってできたちょっとした時間すらもスキマ時間と呼び、埋めようとする。 昔は歩くしかなかったのが、バスや電車などに乗るようになって、かなり時間に余裕ができたにも関わらず、その乗っている時間を勉強やニュースを見るのにあてる。 人間は物に対してだけでなく、時間に対しても貪欲であり、その欲望はとどまることをしらない。 ならば、歩くしかなかった時代の方が、ゆったりと時が流れて、その分、現代よりもっと何か大事なものを見つけられていたような気がするのだ。 歩くのはもちろん、洗濯したり、風呂の水を汲んだり、薪に火をつけたり、そんな日常の当たり前だった時間と引き換えに、我々は便利さを得たが、心の平穏を少し失ったのかもしれない。 時給や利息などによって、時間とお金が結び付き、すると

    俺ら田舎さ行ぐだ - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜
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    koenohon 2022/06/12
  • 想像と現実の違い - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜

    想像と現実の間には、もしかしたらさほど違いはないのではなかろうか。 確かに想像から現実に戻った時の虚無感はあるだろう。 しかし、想像と現実のどちらによっても、得られる気持ちは物のはずなのだ。 結局人間は気持ちしか得られないと考えるならば、想像と現実のどちらを取ったとしても、大差ないような気もする。 人間は、生理的欲求を除いて、手に入れて満足した物をまだ欲するということはない。 すると、多少は想像によって欲望をコントロールすることができると思われる。 逆に人間がその欲望を満たすことができないものはなんだろうか。 恐らくそれは名声やスポーツ、芸術、学業などに対するものだろう。 それらはいくらあっても満ち足りない。 まさに夢という名の欲望の果てであろう。 つまりは物欲に加えて、美的感覚或いは運動センス、脳の活性化などに働きかけるような欲求を刺激すれば、人は底無し沼にハマったように欲望を満たそう

    想像と現実の違い - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜
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    koenohon 2022/06/09
  • 辛いことがあったら - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜

    嫌なことや辛いことがあったら、その経験を昨日までの自分の葬式費用だと思うことにして、過去のしがらみと訣別することにした。 そうすれば、嫌なことや辛いことがあるたびに、それをきっかけとして自分は新たな自分へと生まれ変われる気がするんだ。 人はそんなに簡単に変われはしないと言われる。 けれど、そんなことはないよ。 ただ自分のなりたい方向に、なかなか行けないだけだ。 辛い経験は忘れ難いし、再び歩き出すためのやる気や勇気は行方知れずなことが多い。 それでも、強く念じていれば少しでも理想の自分に近付けると思うし、気でなりたいなら、「絶対になれる」と信じることから始めるべきだと思う。 今年を振り返ってみても、何度自分の葬式をしたか分からない。 失敗だらけだった。 CMなんかで「そうなる前に」という売り文句をよく聞くが、そうなってしまったらどうしたらいいんだろうと何度も思った。 きっとそれは、その後の

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    koenohon 2021/12/29
  • もうネガティブワードは言わない - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜

    「もうダメだ」とか「どうせ上手くいかない」 とか周りを不快にするような溜め息なんかが、自分や周りを不幸にしていく。 だから、これからはもっと自分も周りもハッピーになるような、言葉を選び行動をしていこうと思う。 そうしなければ、幸せや成功を掴み損ねてしまう気がするのだ。 私ならできる。 読者の方々へ 毎日ブログを読んで頂いている方には大変申し訳ないのだが、これからはどうしても書きたいことがあれば、たまに書くという感じで、しばらくブログを不定期とすることにした。 もう一度とことん真剣に自分の人生と向き合ってみる時間を多く取ろうと思うのだ。 決してブログをやめるわけではない。 今持っている大きな夢を成し遂げたら、これまで通り再開するつもりだ。 今まで読んで頂き当に感謝している。 ブログにて再会できる日を楽しみにしていただけたら嬉しい限りだ。 皆さんにもどうか幸あれ。

    もうネガティブワードは言わない - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜
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    koenohon 2021/12/07
  • 今のままで大丈夫 - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜

    他人の幸せを素直に喜べないから、自分はひねくれているような気がした。 でも、好きなスポーツ選手や歌手などの活躍を心の底から喜べるのなら大丈夫。 誰の話を聞いても心に響かないから、自分は驕っているような気がした。 でも、を読んだり映画を観て感動したことがこれまでにあったなら大丈夫。 自分の好きな人や物だけに囲まれた世界に閉じこもっているだけのような気がした。 でも、何かを愛することができるなら大丈夫。 なかなか前に進めず、立ち止まっているような気がした。 でも、前を向いているなら大丈夫。 大切な人を悲しませてしまっているような気がした。 でも、その人を想う気持ちさえあれば大丈夫。 自分を信じてあげられず、上手く行かないような気がした。 でも、自分の成功を願ってあげられるなら大丈夫。 自分にとっての幸せが何かが分からず、人生に迷ってしまっているような気がした。 でも、幸せを追い求められてるな

    今のままで大丈夫 - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜
    koenohon
    koenohon 2021/10/09
    うん、なんとかなるさ^_^
  • 価値観と行動 - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜

    今の世の中、生きていくにはどうしてもお金がかかる。 だから、どんなに欲が無くても、生きていくためにはお金が必要になってくる。 世間には、ケチくさい人だったり、がめつい人もたくさんいて、そういう人たちの印象は、はっきり言って良くない。 でも、結局生きていくのにお金が必要である限り、お金が嫌いという人はいないのだから、そういう人たちを軽蔑し過ぎるのもどうかと思うのである。 もちろん、プライドを捨ててまで、お金を大事にしている人を見て、カッコいいとは思わないが、その人はその人で必死に生きているのだ。 自分もお金があれば困らないのにと心の中では思っているのに、その気持ちを前面に出している人をはしたないと蔑むのは、少し違うのではないか。 確かに、心の中で思っているだけなのと、それを行動にうつすのとでは、そこには大きな違いがあるが、心が同じならば批判はできないはずだ。 当然、欲望のままに生きていれば、

    価値観と行動 - うつの心を震わせろ〜成功への道標〜
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    koenohon 2021/09/22
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