すっかり空っぽになった家のなかを眺める。母とカミさんと自分の3人ぼっち。名残惜しいというのでもなく、凝視するのでもない。荷物の片付けや発送、煩雑な役所の諸手続き、近所への挨拶などで疲れてしまい、あちこちさわってサヨナラ、という力も残っていなかった。 玄関が開く音がした。このへんの人たちはピンポンを押す前に、からだが半分、家のなかに入っている。 「やっぱり連れていくのかい」 小学校のときから同級生だったチイ子ちゃんのおばさんだ。 「みんな来てるよ」 何か大事なことを諦めたような静かな、沈んだ口調だった。 庭の前に止めたレンタカーを囲むように、近所のおじさん、おばさんたち10人ほどが、ほとんど直立不動で立っていた。みんながみんな、見慣れた顔、懐かしい顔ばかり。チイ子ちゃんのおばさんが、10時には出発すると知らせてくれたらしい。 炭坑の閉山が相次いだ、あの時代。町では、大人も子どもも、近所の人も
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