あす夜9時地上波初放送のアカデミー賞6冠の伝説的映画「マッドマックス」を、滑舌モンスター・天龍源一郎がプレビュー!!(ただほぼ聞き取れない可能性が…) 伝説的プロレスラーの天龍源一郎が独特の語り口で、伝説的映画の魅力をお伝えする記念特番!!ほぼ聞き取れないかも、という不測の事態(?)に備えて、映画情報は映画評論家コトブキツカサがきっちりお届けします。「マッドマックス」シリーズファンにはもちろん、初めて見る方も楽しめる内容になっています。
WJプロレス旗揚げシリーズにおけるシングル戦で、天龍の強烈な張り手により長州の差し歯が崩れ、まともな歯までも抜けかかったという プロレス界に革命を起こし続けてきた天龍源一郎と長州力の知られざる「男の友情」に、骨太ノンフィクション作家、田崎健太が迫る! 前編記事で、出会いから全日本プロレス時代を振り返った両者。後編では、2003年に長州が旗揚げした「WJプロレス」における“シングル6連戦”が中断した真相を明かした! *** その後、長州と天龍は共に2大団体を後にすることになった。 まずは天龍である。90年に全日本プロレスから新団体SWSに移籍。SWS消滅後の92年に自らの団体WARを設立し、新日本のリングで長州、アントニオ猪木たちと対戦した。そして98年からフリーとなった。 一方、長州も2002年に新日本を退団。自らの団体WJプロレスを立ち上げた。03年3月、旗揚げ戦を横浜アリーナで行なって
天龍源一郎さん(左)の引退試合。リングを去る父に、長女の紋奈さんは涙を流しながら花束を渡しました=2015年11月15日、東京・両国国技館 悶々としていた中に現れた「ミスター・プロレス」 戦う父を見つめた娘の言葉 みんな泣いた、私も泣いた 大人になって、プロレスにはまりました。イケメンレスラーの台頭で、プロレスは今や女性の間でも人気で、「プ女子」なんていう呼び名もついてます。でも、自分が「プ女子」かと言われると、なんとなく違和感があります。私がプロレスにはまったのは、きっと、いろんな意味で「受け身」が必要とされる「プチ・中間管理職」になったから。(朝日新聞東京社会部記者・宮嶋加菜子) チームで仕事「凹む」日々 今39歳。「キャップ」という名のもと、先輩や後輩の記者たちとチームを組んで仕事をすることが多くなりました。これまで1人で取材して一本の原稿を書くことが多かったのですが、チーム取材では
吉本新喜劇座長の小籔千豊と、片瀬那奈がW主演を務める読売テレビ・日本テレビ系ドラマ「マネーの天使」の2016年2月18日(木)放送分となる第7話にて、プロレス界の生ける伝説・天龍源一郎がテレビドラマに初挑戦していることが明らかになった。 同作は、主人公たちが様々な金銭トラブルを解決するために奮闘する姿を描く一話完結のヒューマンドラマ。これまで映画出演の経験はあるものの、テレビドラマは初めてという天龍は、漫才師と芸能事務所が巻き込まれるギャラ未払い問題を描いた第7話で、テレビ局の入口に立ちはだかる警備員役を演じる。ある人物に会うため、テレビ局に無断で入ろうと試みる武蔵川華子(藤田みりあ<フェアリーズ>)。彼女は様々な変装をして突破を試みるが、天龍演じる警備員はその度に見破って侵入を阻止して…。そんな警備員と華子のコミカルな攻防が見どころになっている。 スタッフの指導、アドバイスに熱心に耳を傾
2015年11月15日、午後7時過ぎ。オカダ・カズチカとの引退試合に敗れた天龍源一郎は、最後の会見に臨んだ。 天龍はたった今激闘を交わした新鋭・オカダへのコメントもそこそこに、若き日を共に過ごした戦友たちに思いを馳せていた。目の前に並べられたビールを口にして、「俺が(阿修羅・)原とやりはじめた時に、最初に世の中に出たビールだったんですよね」とその味を懐かしむ。記者からの「目を閉じると、どんなレスラーが思い浮かぶか」という質問には、「(ジャイアント)馬場さんもそうですし、(ジャンボ)鶴田選手もそうですし、志半ばでね。僕のように最後までできなかった方たちのことを思い起こします」と答えた。 大相撲から全日本プロレス入団へと導いてくれた、ジャイアント馬場。三冠ヘビー級王座を争い、人気レスラーとなるきっかけを作ってくれたジャンボ鶴田。そして全日からSWS、WARと団体を渡り歩いても、名パートナーであ
年間最高試合賞(ベストバウト)に輝いたのは11月15日、東京・両国国技館で行われた天龍源一郎(65)の引退試合、天龍VSオカダ・カズチカ(28)だ。 前代未聞だ。65歳選手の引退試合が年間ベストバウトに選出されることなど、今後二度とないだろう。中邑真輔―飯伏幸太戦(1月4日、新日本プロレス・東京ドーム大会)など4試合がノミネートされ、激戦必至と思われたが、1回目の投票で過半数を超える12票を獲得。過去8度のベストバウトとは意味合いが違い、ボロボロになるまで全力で戦い抜いた天龍の意地と心意気が評価された格好だ。 移動中に嶋田紋奈・天龍プロジェクト代表(32)から朗報を聞いた天龍は「正直言って驚いた。思わず親子でハイタッチしましたよ。今夜は女房(まき代夫人)とビールで乾杯します」と笑みを浮かべた。 9月にオカダとの一騎打ちが決まった後は「ベストバウトを狙う」と公言していたものの、内心は揺れてい
まったくの遠慮無しに、いつも通りのドロップキックを連発していったオカダ。そして、それを受け続けた37歳年上の天龍。 「最後の相手にオカダを指名したっていうのは、とても源ちゃんらしいなと思いましたね。本当なら自分と価値観の違う相手と、最後の最後に闘おうなんて思わないもんなんですよ、レスラーって。それは昭和のしぶとさじゃなくて、あくまで天龍源一郎という男の感性、しぶとさなんですよ」 「俺の感覚では絶対にそういう選択はしない」。昭和のプロレスを共に築いた盟友・長州力は、天龍が引退試合の相手にオカダ・カズチカを選んだことについて、そう言い切った。 「俺にとっては信じられないことです。それは自分の譲れない価値観を、最後の最後で自分自身の手によって壊したってことですから。それは本当にとんでもないことだと思いますよ、俺は」 だが、かつてその長州力の顔面を試合中に蹴っ飛ばし、重傷を負わせたことで新日本プロ
15日に東京・両国国技館でプロレスの引退試合を行った天龍源一郎(65)が22日、タレントデビューした。都内で日本テレビ系バラエティー「みんなで悩めばコワくない」(12月6日午後1時15分)の収録に参加。HKT48指原莉乃(23)とタッグを組んで初の番組司会者に挑戦した。 マイクを手にした天龍の声は、長年の格闘技生活でつぶれたまま。特徴的な声は今年6月には「日本一滑舌の悪いしゃべるスタンプ」と題して、音声付きのLINEスタンプとして発売されたほど。その天龍の滑舌の悪さを救うタッグパートナーが指原だ。 76年にプロレス界に入った天龍は、タッグでも故ジャンボ鶴田さん、故阿修羅原さん、スタン・ハンセンさん(66)らと組んで活躍した。なかでも原さんと組んだ「龍原砲」では、87年に全日本プロレスに天龍革命を起こし暴れ回った。天龍を「どれくらいすごい人なんですか?」という指原はバラエティー番組では先輩。
ジャンボ鶴田、阿修羅・原(共に故人)、藤波辰爾(61)、長州力(63)らと半世紀近くも戦い続けたレジェンド。 「(今後については)何も考えていないですよ。答えがあるとしたら……ビールでも飲みますか」 ついさっき、現役生活に終止符を打ったばかりの天龍源一郎は、両国国技館の館内に特設された会見場で、多くのマスコミ関係者に囲まれていた。 逆水平チョップ、グーパンチ、顔面へのつま先蹴り、WARスペシャル、デンジャラス・ドライバー・テンリュー(DDT)、53歳(垂直落下式ブレーンバスター)、そしてパワーボム――。自らの得意技を総動員して、最後の相手であるオカダ・カズチカに対抗したが、やはり勝てなかった。やはり、と言うのは14歳(一説には13歳とも)で大相撲の世界に飛び込んでから通算格闘技生活51年。つまり天龍は65歳になっていた。思うように動かぬボロボロの肉体は、長年の身を削った激闘の代償だった。
ありがたくも不思議な縁があってお誘いを受け、仙女ことセンダイガールズプロレスリングの11.12後楽園ホール大会を観戦した。お目当ては旧姓・広田さくらの名人芸と、仙女vsスターダムの5対5勝ち抜き団体対抗戦である。 広田さくらの突き抜けた達人ぶり、里村明衣子の役割への過剰な入りこみの迫力は知っていた。突然変異の天才広田と長与の遺伝子を色濃く受け継ぐ里村は、ともに銭のとれるプロレスラーであります。まーそんなことはすっかり女子プロレスに疎くなってしまったオレなんぞよりも、詳しく語れる人がいくらでもおられることだろう。 この興行最大の衝撃は、仙女の新人・橋本千紘だった。勝ち抜き戦の先鋒として登場し、圧倒的強さでスターダムを3人抜きして紫雷イオに敗れた。橋本は日本大学レスリング部出身で、先月仙台でデビューしたばかりのド新人だ。しかし、疑いようもなくすでに本物である。 彼女の一挙手一投足に、どよめきが
ミスタープロレス天龍源一郎(65)が、15日の両国国技館での興行で引退した。角界の注目度も高く、同じ二所ノ関部屋の後輩だった富士ケ根親方(50=元小結大善)は「嫁と子供が見に行きましたよ」という。 天龍が力士として過ごしたのは64年からの約12年間。関取で27場所活躍し、西前頭筆頭まで出世しただけに、現在60歳前後の親方衆とも戦っている。元大関琴風の尾車親方(58)とは十両時代に2戦2勝。元千代の富士の九重親方(60)とは3勝1敗。関脇時代に1勝1敗だった北の湖理事長(62=元横綱)は、土俵を離れた後もリング上でファンを沸かせ続けた元戦友を「60何歳ですか。すごいですよ」とたたえた。 相撲時代の天龍は、身長185センチながら体重は110キロ前後と細身で、突き押しが得意。1勝1敗だった元関脇出羽の花の出来山親方(64)は「上突っ張りで、回転が速かった」と振り返る。最多15度対戦した元小結大錦
ミスタープロレスが両国のリングで壮絶に散った。天龍源一郎(65)は15日、東京・両国国技館で新日本プロレスのIWGPヘビー級王者オカダ・カズチカ(28)と引退試合を行い17分27秒、激闘の末にレインメーカーで3カウントを奪われた。あらゆるプロスポーツ界で、65歳選手が現役王者と引退試合で戦った例は皆無。引退セレモニーで「本当に腹いっぱいのプロレス人生でした」と語り、完全燃焼して潔くリングを去った。波瀾万丈39年間のプロレス人生に終止符を打った不世出の名レスラーは本紙に独占手記を寄せ、その胸中を激白した。 【独占手記】国技館の天井を見上げたのはいつ以来だろうか。相撲に入り土俵ですっ転がされた13歳の時が最初だった。蔵前で初めてUNのベルトを取った時(1984年2月)は歓喜で天を仰いだ。両国のプロレスこけら落とし大会(1985年3月)では、ウォリアーズのラリアートを食らって天井を見たっけ。本当
11月15日に両国国技館にて行われた、天龍源一郎の引退試合。正直、卒業式のつもりで会場に向かってました。 プロレスというジャンルからの卒業式。 天龍が教えてくれた“掘り起こすプロレス” そういえば記者がプロレスを観始めたのは、“天龍革命”が巻き起こる『全日本プロレス中継』が入り口でした。 当時の天龍の雰囲気は、全日本プロレスに所属する他選手とは明らかに異質。あのリンチまがいの闘いぶりを観るや、彼のことを当然のようにヒールだと認識してしまいます。正規軍に所属する鶴田こそ、“善玉”。テレビを観るだけの小学生だった私は、それがファンの共通認識だと確信していました。 そこで、初めて気が付きます。どうやら、私は何もわかっていなかったらしい。ファンがどれだけ、天龍の運動を支持しているか。インタビューで飛び出す天龍の語録も、いちいち考えさせるものがありました。「ハンセンにはプロレスラーの凄さを、ブロディ
天龍源一郎が、プロレスラーとしての39年間の現役生活、相撲時代から数えるとじつに51年間におよぶ格闘人生についにピリオドを打った。 “天龍”の英語の発音はテンルー。アメリカ英語には天龍源一郎の“龍RYU”という音がない。天龍はテンルーで、源一郎はゲニチロー。アメリカ人レスラーの多くは、リスペクトの気持ちをこめて天龍をグレート・テンルーと呼ぶ。 いまではあまり語られることのないエピソードだが、天龍はルーキー時代に4回にわたる長期のアメリカ遠征を経験している。プロレスラーとしてデビューしてから最初の5年間のうちの約3年間を日本とアメリカを往復しながら過ごした。ちょっと意外な感じではあるが、天龍のアメリカ生活は、師匠のジャイアント馬場やライバルだったジャンボ鶴田のそれよりもはるかに長かった。 デビュー戦は日本のリングではなくて、ドリーとテリーのザ・ファンクスからレスリングの手ほどきを受けたテキア
【天龍引退興行】試合後のリング上で突然に天龍源一郎(65)からあいさつのマイクを握らされた嶋田紋奈・天龍プロジェクト代表(32)は「これだけの皆さんにお集まりいただき、本当にありがとうございました…」と涙ながらに1万522人(超満員札止め)の大観衆の前で感謝の意を伝えた。 控室に戻っても涙また涙。「10カウントゴングを聞いて自力でリングを降りることができた。それが全てではないでしょうか。幸せ以外の何物でもありません。これから父親に戻るといっても基本的に何も変わらないと思います。一緒にいると私は腹が立ってストレスがたまると思いますが…」と父親譲りの独特な表現で愛情を示した。 プロレス団体としての天龍プロジェクトはピリオドを打つが、芸能活動などのマネジメントは継続する。22日からはテレビ番組の収録などスケジュールが埋まっているという。 「あれだけ目一杯のプロレス人生を過ごした人です。逆にゆっく
“ミスタープロレス”天龍源一郎引退興行「〜天龍源一郎 引退〜 革命終焉 Revolution FINAL」が15日、東京・両国国技館で開催され、超満員札止めとなる1万522人を動員した。 天龍はメインイベントで、自ら対戦相手に指名した新日本プロレスのオカダ・カズチカと最初で最後の一騎打ち。オカダのレインメーカーに散るも、最後まで勝負にこだわり、昭和を代表するプロレスラーとしての生き様を刻み付けた。 天龍は福井県勝山市出身の65歳。1963年に大相撲の二所ノ関部屋に入門し、西前頭筆頭まで上り詰めるが、76年秋に廃業し、同年10月に全日本プロレスへ入団。以後、SWS、WARなど様々な団体に参加し、三冠ヘビー級王座、IWGPヘビー級王座などを獲得。ジャイアント馬場、アントニオ猪木の両名からピンフォール勝ちした唯一の日本人レスラーでもある。さらに、電流爆破デスマッチや女子プロレスラーとの対戦、マス
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