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前編はコチラ ■真打を賭けて談志と勝負する ───生志さんは、2004年東京・新宿の紀伊國屋サザンシアターで勝負を賭けた「真打挑戦公開LIVE」で、満座のお客さんを前にして師匠に昇進を否定されるという屈辱を味わいました。舞台の上で談志が決を下してくれないまま会場の終了時刻が迫ってくる。やむなく生志さんが自ら昇進辞退を言い出すという。ご著書の『ひとりブタ 談志と生きた二十五年』で山場のひとつとなるエピソードです。 生志 あれはもう本当につらかったですよ。絶対今日はこの人は「うん」と言わないと判った。いや、なし崩しで決めさせても「俺は認めてねえ」と後で言い出しかねない。だからよそうと思ったんです。とりあえず会場の延長料金を払うのだけはいやだ(笑)。自分から言わないとけりがつかないから、「次、がんばります」と言ったんです。そしたら「そうか?」って速かったですね。僕が言うのを待ってたんですよね。
落語立川流は故・立川談志が1983年に創設した団体だ。落語界初の上納金制度(現在は廃止)、前座から二つ目への昇進に落語50席(真打ちは100席)に歌舞音曲の習熟という明確な基準を設けて明文化するなど、他の団体にはない要素を打ち出したが、談志の厳しい方針は多くの脱落者をも生み出した。 ここに2人の立川流真打がいる。 立川生志。前座名、笑志。1988年入門、1997年二つ目昇進、2008年真打昇進。 立川談慶。前座名、ワコール。1991年入門、2000年二つ目昇進、2005年真打昇進。 2013年にはそれぞれが、生志『ひとりブタ 談志と生きた二十五年』、談慶『大事なことはすべて立川談志【ししょう】に教わった』という初の著書を刊行した。生志20年、談慶14年。両人ともに会社勤めを経験してからの入門である。長い修業期間に2人が師匠・談志とどう接してきたのか。一門にしかわからない立川流の素顔を対談で
あれっ、『談志が死んだ 立川流はだれが継ぐ』が増補版で復刊しているよ。 落語界中興の祖というべき立川流家元・7代目立川談志が病没したのは2011年11月21日のことだった。 それから2年が経過したが、現在でもその名に関わる話題には事欠かない。つい先日も東京都練馬区にある旧宅を改築し、書斎を資料室として保存するプランがあることが明かされて話題になったばかりである。 また弟子たちの落語会も頻繁に行われており、談志が亡くなった際には「立川流は解散するのではないか」との声も囁かれたが、なかなかどうして、元気なのです。 というわけで『増補 談志が死んだ 立川流はだれが継ぐ』だ。 本書の元版が講談社から刊行されたのは11年前、2003年のことである。当時まだまだ談志は意気軒昂、その師匠に対抗して弟子たちが、立川流ここにあり、との姿勢を表明するために企画された本であった。談志には熱狂的がいたが、残念なが
2011年11月21日、落語家、立川談志が亡くなりました。既にそれからもうすぐ5年。この時期には毎年、立川流一門が集まって談志を偲ぶ会を行っています。そしてこの本はそのほぼ1年後に出た談志追悼本です。 色々と談志追悼本は出ましたが、その中でも、この「談志が死んだ」は、命日からだいぶ時間が経ってから発売された本。その分じっくりと「晩年の立川談志」について描かれたものとなっています。 談志が死んだ (新潮文庫) 作者:立川 談四楼 発売日: 2015/10/28 メディア: 文庫 著者の立川談四楼は、立川流真打の落語家でありながら、いわゆる「本書く派」と自称、他称される通り多数の著書を持つ文筆家でもあります。twitterもやっていて、含蓄溢れるつぶやきをされています。 談志の墓は、文京区浄心寺にある。立川談志と肉筆様に彫ってあり、之墓の文字はない。立川雲黒斎家元勝手居士の戒名は墓石の横に刻ん
8月11日(日)、18日(日)、NHK BSプレミアムのプレミアムドラマにて、立川談志のドラマが放送決定。前編では小出恵介、後編では中山秀征が談志を演じる。 100年に一度の天才とも呼ばれた落語家・立川談志が亡くなって今年で3年目を迎える。この番組では、談志がどのように生きたのか、どれだけ落語を愛して生きたか、その青年時代(前編)と、落語協会を飛び出して立川流を設立した時代(後編)に焦点をあて、その破天荒な日々を描いていく。 前編「人生、成り行き 天才落語家・立川談志 青春疾風録」(仮)では、落語の稽古も重ね、鼻っ柱が強く、かつチャーミング、時代の寵児になっていく立川談志の若き日を描写。後編「人生、成り行き 天才落語家・立川談志 ここにあり」(仮)では、落語界で初めて家元制度を導入、弟子から上納金を集めるという前代未聞の団体・立川流を設立した時代の談志を映し出す。 遺族の思いを受けて、今回
立川談志が2011年11月に亡くなり、追悼本や雑誌特集が相次いぐで異彩を放つのが、二代目快楽亭ブラックによる本書。元弟子による歯に衣を着せぬ師匠・談志論の書評。 亡くなった方の悪口を言うのは、陰口の延長のようなものではしたない。 だが世の中には、あえてバランスをとったほうがいいときもある。ひいきの引き倒し、という言葉があるとおりである。エアコンの取り付けじゃないんだから持ち上げればいいってもんじゃない。 立川談志が2011年11月に亡くなり、追悼のための本や雑誌記事が相次いでいる。その中で異彩を放つのが、二代目快楽亭ブラック『立川談志の正体』である。ブラックは2005年に落語立川流を自主退会してフリーになった。その元弟子による、歯に衣を着せぬ師匠・立川談志論の本である。暴露本のようなタイトルだが、決して卑しい心根で書かれたものではない。立川談志という稀代の名落語家の芸に敬意を表しつつ、人物
21日におこなわれた立川談志さんのお別れ会は、落語家や芸能関係者など約1000人が参列し、ジャズの演奏や、東西の落語家によるエピソードの披露など和やかな雰囲気でおこなわれました。上岡龍太郎さんはじめ参列した方々のインタビューを掲載します。 上岡龍太郎さん 一般人になって11年になりますから、こんなん(会見)生まれて初めてです。 談志さんとは出会って50年。きょう大阪から来るとき思い出していたんです。 昭和36年の11月11日、新宿の松竹文化演芸場の一階喫茶店でね、 「柳家小ゑんと申します、お友達になりましょう」と言って(横山)ノックさんに声をかけたのが談志さんでした。ノックさんは驚いて「なんでまた友達に~」と言ったら「私は好きな人とは友達になる主義なんです」といってそれからおつきあいさせていただきましたんです。 芸も笑いもものの見方、分析の仕方、人生の生き方、楽しみ方全部教えて下
3 日深夜に放送された TBS ラジオ「火曜JUNK 爆笑問題カーボーイ」の「私はこういう者です(嘘あり)」コーナーで、立川談志にまつわるいい話が聞けました。 このコーナーは、リスナーが投稿した「私はこういう者です」という自己紹介や体験談などについて、その内容が「本当かウソか」を田中裕二が二択で回答するというもの。絶妙なラインで仕掛けてくる投稿の真贋を見極めよう、と推論をコツコツ積み重ねていく田中のきまじめさや山ッ気が面白いです。 最初に太田光がリスナーからの「私はこういう者です」という投稿を読みます。 これを読んでる時点ではリスナーや田中はその投稿内容が本当なのかウソなのかわかりません。 少しだけ僕の話を聞いてください。 僕は、日比谷線の中で、あの立川談志師匠に時間を聞かれた上に、人生のアドバイスまで頂いた男です。 もうかれこれ 3,4 年前の話になりますが、取引先に向かっている途中、電
立川談春による名著「赤めだか」には以前も紹介したとおり、印象的なエピソードが満載だが、彼の初めての立川談志体験の模様も当然描かれている。 それは中学生の時。同級生たちと上野鈴本へ落語を聴きに行くという企画があったという。 そこに登場した談志は、他の芸人とは明らかにオーラが違っていたという。 その高座の枕で談志は以下のように語ったという。 落語っていうのは他の芸能とは全く異質のものなんだ。どんな芸能でも多くの場合は、為せば成るというのがテーマなんだな。一所懸命努力しなさい、勉強しなさい、練習しなさい。そうすれば必ず最後はむくわれますよ。良い結果が出ますよとね。 そこで、談志は「忠臣蔵」を例に出す。普通の芸能では当然、四十七士が主人公だ、と。しかし、赤穂藩には家臣が300人近くいた。つまり、他の250人ほどの家臣は、敵打ちにいかなかった。逃げちゃった。47人やその親族は尊敬をされただろう。一方
昔の上司が絶賛していたので早速購入したのが、『赤めだか』。立川談志の弟子、談春が前座、二ツ目、真打と昇進していく修業時代をネタにした自伝エッセイだ。落語界の師弟関係を赤裸々に描く。師匠とのちょっとした行き違い、弟弟子への嫉妬、談志とその因縁の師匠小さんがそれぞれを思う気持ち…。抱腹絶倒させるかと思ったら、その次には思わずせつない話で泣かせる。落語のことはよく知らないし、ましてや立川談春の落語も聞いたこともないのだが、この人はきっとことばの天才だ。 印象に残った立川談志のことばをいくつか引用しておく: 「あのな坊や。おまえは狸を演じようとして芝居をしている。それは間違っていない。正しい考え方なんだ。だが君はメロディで語ることができていない、不完全なんだ。それで動き、仕草で演じようとすると、わかりやすく云えば芝居をしようとすると、俺が見ると、見るに堪えないものができあがってしまう。型ができてな
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