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青空文庫に関するkowyoshiのブックマーク (5)

  • 葉山嘉樹 セメント樽の中の手紙

    松戸与三はセメントあけをやっていた。外の部分は大して目立たなかったけれど、頭の毛と、鼻の下は、セメントで灰色に蔽(おお)われていた。彼は鼻の穴に指を突っ込んで、鉄筋コンクリートのように、鼻毛をしゃちこばらせている、コンクリートを除(と)りたかったのだが一分間に十才ずつ吐き出す、コンクリートミキサーに、間に合わせるためには、とても指を鼻の穴に持って行く間はなかった。 彼は鼻の穴を気にしながら遂々(とうとう)十一時間、――その間に昼飯と三時休みと二度だけ休みがあったんだが、昼の時は腹の空(す)いてる為めに、も一つはミキサーを掃除していて暇がなかったため、遂々(とうとう)鼻にまで手が届かなかった――の間、鼻を掃除しなかった。彼の鼻は石膏(せっこう)細工の鼻のように硬化したようだった。 彼が仕舞(しまい)時分に、ヘトヘトになった手で移した、セメントの樽(たる)から小さな木の箱が出た。 「何だろう?

    kowyoshi
    kowyoshi 2024/05/14
    なぜか2024年5月14日にトレンド入り https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/1168034
  • aozorablog » 青空文庫トレーディングカード

    カテゴリー:,電子書籍,青空文庫 | 投稿者:OKUBO YuAuthor: OKUBO Yu About: 青空文庫には高校生のとき参加して、今や翻訳家・翻訳研究者。しばらく青空文庫をお休みするつもりだったのにそうも言ってられなくなってしまっててんてこまいの日々。ここでは電子のことをしゃべったり、物語を書き散らしたり、はたまた青空文庫批判をしてみたり、自由にやっていくつもり。See Authors Posts (55) | 投稿日:2013年11月26日 | というわけで、twitterで展開されました先日のカードバトルの続編みたいなものの、まとめ。 そもそもは、山中湖情報創造館さんで実験的に試みられている「青空文庫図書館に」という企画がありまして、電子データである青空文庫のコンテンツをどうやって目に見える形で開架するか、というアイデアが大元にあります。詳しい事はリンク先の写真をご

  • 芥川龍之介 桃太郎

    むかし、むかし、大むかし、ある深い山の奥に大きい桃(もも)の木が一あった。大きいとだけではいい足りないかも知れない。この桃の枝は雲の上にひろがり、この桃の根は大地(だいち)の底の黄泉(よみ)の国にさえ及んでいた。何でも天地開闢(かいびゃく)の頃(ころ)おい、伊弉諾(いざなぎ)の尊(みこと)は黄最津平阪(よもつひらさか)に八(やっ)つの雷(いかずち)を却(しりぞ)けるため、桃の実(み)を礫(つぶて)に打ったという、――その神代(かみよ)の桃の実はこの木の枝になっていたのである。 この木は世界の夜明以来、一万年に一度花を開き、一万年に一度実をつけていた。花は真紅(しんく)の衣蓋(きぬがさ)に黄金(おうごん)の流蘇(ふさ)を垂らしたようである。実は――実もまた大きいのはいうを待たない。が、それよりも不思議なのはその実は核(さね)のあるところに美しい赤児(あかご)を一人ずつ、おのずから孕(はら)

    kowyoshi
    kowyoshi 2013/10/19
    今では有名大学合格者うんぬんくらいでしか手にとってもらえないサンデー毎日も、こんなものを載せていた>初出:「サンデー毎日 夏期特別号」1924(大正13)年7月
  • 青空文庫の富田倫生さん 逝去: ポシブル堂書店からのお知らせ

    インターネット図書館青空文庫」の創設者であり、呼びかけ人である富田倫生(とみたみちお)さんが、日(16日)の午後12時8分に亡くなられました。 富田さんは、パソコン関係の書籍や宇宙開発の書籍などの著述業のほか、電子書籍の可能性にいち早く気づかれ、インターネット図書館青空文庫」を他の呼びかけ人の方々と共に創設運営してきました。著作権延長問題でも反対の立場を明確にして闘ってきた闘士でもあります。そして長年に亘って病とも闘ってこられました。 富田さんは、昨年の電子書籍エキスポの会場で何時にも増して青空文庫歴史と存在意義、そして著作権問題について熱く訴えて居られました。とても闘病中とは思えない何時もの熱気を感じて、何だか安堵したものです。 それが突然の訃報。始まりは何時も突然……と申しますが、当に突然過ぎです。 「エキスパンドブックの二十歳のお祝いをやろう」と電子書籍エキスポの会場で話し

  • 中島敦 悟浄出世

    寒蝉敗柳(かんせんはいりゅう)に鳴き大火西に向かいて流るる秋のはじめになりければ心細くも三蔵(さんぞう)は二人の弟子にいざなわれ嶮難(けんなん)を凌(しの)ぎ道を急ぎたもうに、たちまち前面に一条の大河あり。大波湧返(わきかえ)りて河の広さそのいくばくという限りを知らず。岸に上りて望み見るときかたわらに一つの石碑あり。上に流沙河(りゅうさが)の三字を篆字(てんじ)にて彫付け、表に四行の小楷字(かいじ)あり。 八百流沙界(はちひゃくりゅうさのかい) 三千弱水深(さんぜんじゃくすいふかし) 鵞毛飄不起(がもうただよいうかばず) 蘆花定底沈(ろかそこによどみてしずむ) そのころ流沙河(りゅうさが)の河底に栖(す)んでおった妖怪(ばけもの)の総数およそ一万三千、なかで、渠(かれ)ばかり心弱きはなかった。渠(かれ)に言わせると、自分は今までに九人の僧侶(そうりょ)を啖(く)った罰で、それら九人の骸顱(

    kowyoshi
    kowyoshi 2012/03/31
    中島敦の描く悟浄は、アルファブロガー(死語)たちを渡り歩いて頭がしっちゃかめっちゃかになったネット民っぽいと思ったり思わなかったり。でも好きな文章だ。
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