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historyに関するkuenishiのブックマーク (388)

  • 大前研一氏の誤解 - 池田信夫 blog

    慰安婦問題は、もううんざりだという人が多いだろう。安倍首相が「同情」を表明して、海外では歴史的事実になってしまったようなので、私も議論しても無駄だと思う。しかし日人の中にも、今ごろ初歩的な誤解を堂々と発表する人がいるので、ひとことだけ。事実関係を知っている人は、無視してください。 大前研一氏は、慰安婦の強制連行を日政府が認めた「決定的証拠」が発見されたという。その証拠とは「林博史・関東学院大教授が米国の新聞で発表した論文」だそうだが、大前氏は「資料を直接読んだわけではない」。伝聞のあやふやな情報で断定的に語るのは彼の得意技だが、その原資料(ウェブからは削除された)は私の手元にある。慰安所については、次のような問答がある:Q: How many women were there? A: 6. Q: How many of these women were forced into t

  • 学生反乱はなぜ消えたのか - 池田信夫 blog

    かつて「学生運動10年周期説」というのがあった。1950年前後に共産党が指導した山村工作隊などの武装闘争の時代、1960年の安保闘争、そして1970年ごろの学園闘争である。この法則からいうと、1980年にも同じような事件が起こって不思議ではなかったが、何も起こらなかった。 世界的にも「1968年反乱」以降、大きな学生運動は起こっていない。特にイラク戦争は、ベトナム戦争と同じぐらい不人気なのに、かつてのような暴力的な抗議行動は起こっていない。この原因をベッカーは、1973年に徴兵制がなくなったことに求めている。徴兵制の廃止を提案したのはミルトン・フリードマンで、彼はこれを「自分の人生でもっとも有意義な仕事だった」と回顧している。 これに対してポズナーは、他にもいろいろな原因をあげているが、おもしろいのはインターネットなどの電子メディアが暴力に訴える前の「ガス抜き」になったという点と、学生

  • 「好きな三国志の武将を三人選べ」と言われたら - やまもといちろうBLOG(ブログ)

    gooで三国志の武将人気ランキングがあって、何か見てたら一位が諸葛亮なんです。お前らな。三国志が私たちに伝えたかったことを明らかに間違って受け取っている。あんなのが上司や株主でいたら下にいる奴らは胃に穴開くぞ。国力劣ってて人材もいなくて、それでいて戦争に打って出る軍国主義者だぞ、諸葛亮は。石原閣下批判している奴らは当然孔融とか張昭とか選んでるんだろうな、と思ったら30位にも入ってない。情けない。いったい三国志から何を読み、どう考えているのか良く考えてみたまえ。 http://news.goo.ne.jp/article/gooranking/business/20070407-grnk.html http://ranking.goo.ne.jp/ranking/999/sangokushi/&f=news&LID=news 三国志が伝えたかったことは、「馬の産地を押さえた軍団が中華統一する

    「好きな三国志の武将を三人選べ」と言われたら - やまもといちろうBLOG(ブログ)
  • http://www.technobahn.com/cgi-bin/news/read2?f=200704061914

  • 慰安婦問題をめぐる本社の報道について - 池田信夫 blog

    4月1日付の朝日新聞朝刊(東京社版)の早版に、次のような社告が出ている。日の良心を代表する新聞社の社長らしい潔い進退だ。 1930年代から第2次大戦中にかけて戦地で兵士の相手をした、いわゆる慰安婦について、社は1992年1月11日付第1面の「慰安所 軍関与示す資料」という記事において、防衛庁図書館に保管されている旧日軍の通達に、軍が慰安所の設置を指示した事実が記載されているとの事実を報じました。この記事は正確でしたが、それに付けた「解説」において従軍慰安婦 一九三〇年代、中国で日軍兵士による強姦事件が多発したため、反日感情を抑えるのと性病を防ぐために慰安所を設けた。元軍人や軍医などの証言によると、開設当初から約八割は朝鮮人女性だったといわれる。太平洋戦争に入ると、主として朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した。その人数は八万とも二十万ともいわれる。と記述しました。ここで「挺身隊」

    kuenishi
    kuenishi 2007/04/01
    ま、まさかね…>>>unko-
  • 朝日新書「反戦軍事学」を読む~戦艦大和編~

    それでは「反戦軍事学」の第二部中級編(p70~p120)の中核部分である、その三「イージス艦vs.テポドン」を取り上げて、書評をしたいと思います。この部分の直前が、その二「海軍の基礎知識」で、その部分の内容の大半が戦艦の話となっています。戦艦大和と大艦巨砲主義。果たして今や使われなくなった兵器の説明を詳しく行って、反戦平和派にとって何の意味があるのか疑問です。そのような事をするくらいなら現在使われてる海上の主力兵器、航空母艦の説明をした方が勉強になるのに、何故、時代遅れな戦艦の話をしたのでしょうか。 それは東部戦線氏の行った書評で、その意図が解説されている通りです。 『イージス艦をけなしている部分がありますが、その直前に長々と旧海軍の戦艦大和の悪口を書いてある。大和のイメージをイージス艦にダブらせて、イージス艦が無能であることを感覚的に印象付けようとする姑息な手口としか言いようがありません

    朝日新書「反戦軍事学」を読む~戦艦大和編~
  • 共産主義が見た夢 - 池田信夫 blog

    著者は、ソ連史の第一人者である。レーガン政権で対ソ政策の顧問をつとめた経歴からも想像されるように、書の共産主義についての評価は全面否定だ。特にロシア革命について、「レーニンは正しかったが、スターリンが悪い」とか「トロツキーが後継者になっていたら・・・」という類の議論を一蹴する。一部の陰謀家によって革命を組織し、その支配を守るために暴力の行使をためらわなかったレーニンの残虐さは、スターリンよりもはるかに上であり、ソ連の運命はレーニンの前衛党路線によって決まったのだ。 しかし共産主義がそのようにナンセンスなものだとしたら、それがかくも広い支持を受けたのはなぜだろうか。著者も認めるように、財産や所有欲を恥ずべきものとする考え方は、仏教にもキリスト教にもプラトンにも、広くみられる。ハイエク流にいうと、それは人類に遺伝的に植えつけられている部族感情のせいだろう。つまり人間は個体保存のために利己的

    kuenishi
    kuenishi 2007/03/28
    社会進化の過程で利己性と利他性の最適なバランスを見つけた結果が今の人間社会なのだと思います。
  • 欧米メディアのオリエンタリズム - 池田信夫 blog

    欧米メディアの安倍バッシングは、ますます過激になっている。今度はワシントンポストが、「安倍晋三の二枚舌」と題する社説を掲げた。その内容は「安倍は北朝鮮の拉致を強硬に批判することで落ち目の支持率を支えようとしているが、過去に日軍がやった拉致については『証拠がない』と逃げ回っている。6ヶ国協議を成功させるには、彼が歴史を直視して謝罪する必要がある」というものだ。この問題の扱いを誤ると、日の外交を根幹からゆるがしかねない。 それにしても憂になるのは、世界の一流紙が一国の首相を「二枚舌」(double talk)などという言葉でののしることだ。いつもは紳士的なBBCやEconomistなどの英メディアまで、「嘘つき」とか「恥を知れ」とか、まるで2ちゃんねる並みだ。先日もJimmy Walesがいっていたが、これは「ホロコースト否定論」と二重映しになっているように思われる。ウィキペディアでも

  • 川内康範先生の想い出(2): たけくまメモ

    ←インタビュー中、赤田祐一編集長が撮影した川内先生(QJ創刊2号) QJ川内インタビューのある意味での白眉は、戦時中先生が徴兵されて海軍に入ったあたりの話ですが、ここで先生は決定的な体験をします。そこは最近「森進一が怯える川内康範の知られざる履歴書」という記事を載せた「週刊新潮」ですら遠慮して書かなかった部分で、先生の秘書から「私も初めて聞きました」とまで言われた重要な話なのですが、先生が戦後、玉砕した英霊たちの遺骨収集活動に邁進され「憂国の士」となったきっかけとして、非常に納得できる話でした。 ずるいようですが、詳細はこの秋再刊される文庫にゆずります。まあごく簡単に書くなら、先生には「病気除隊」して自分だけが生き残り、多くの戦友が死んだことに対する後ろめたさというか、贖罪意識があるわけです。その話をされたとき、先生は声をつまらせ、ふりしぼるように「俺は卑怯者だ!」と慟哭されたことが昨日

  • http://www.imagebanana.com/img/oa9kr587/greektreefull.png

  • 勇気と恐怖と全体と - レジデント初期研修用資料

    レジデント初期研修用資料 引っ越し前の旧blogです。新しいアドレスは http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/ になります ギリシア全土の存亡のかかったテルモピュライの戦い。レオニダス王以下スパルタ重装歩兵300人は、 総数200万とも伝えられるペルシア帝国軍の侵攻を7 日間にわたって阻止した後、全滅した。 スパルタ兵士の戦いかたは、ギリシャ方陣。 右手に長い槍を持って、左手に大きな盾を持ち、お互いに密集して方陣を組む。ギリシャ方陣では、 戦士は隣の兵士の持つ盾の中に身を隠す。兵士の盾は、自分自身を守るためのものではなく、 隣に立つ戦友を守るためのもの。 この戦法は、陣形が崩れなければ、威力が強いけれど、兵士がお互いを信用できなくなった瞬間に 陣形は崩れ、方陣もろとも潰されてしまう。 200万の軍勢を前に全滅したスパルタ兵士は、どうやってギリシャ方陣を保ちつづけら

  • Truth about Japan Comfort Women

    "Japan is notorious for human-trafficking.” This would be the perception of Americans after reading “ Trafficking in Persons Report June 2016 ” issued by the US Department of State. It seems this report is taken seriously, although most Japanese don’t know about it and the media here shrug it off as nonsense. We need to do some fact checking here. The report labels Japan as a country that doesn’t

    Truth about Japan Comfort Women
  • 池田信夫 blog 朝日新聞という亡霊

    専門とは関係のない慰安婦問題に首を突っ込むのは気が進まなかったが、膨大なコメント(しかも驚いたことにノイズがほとんどない)をいただいて感じたのは、「慰安婦問題」なんて最初からなくて、これは無から有を作り出した朝日新聞問題なのだということだ。これは私の専門(メディア)とも関係があるので、簡単に事実経過を書いておく。 前にも書いたように、私も朝日と同時に強制連行問題を取材していたから、朝日が吉田証言を派手に取り上げて1面トップでキャンペーンを張ったときは、「やられた」という感じだった(*)。しかしよく調べてみると、吉田のは1983年に出ていて、当時はだれも相手にしなかった。しかも、それを追跡取材した韓国の済州新聞の記者が、そんな事実はなかったという記事を、すでに1989年に書いていた。しかし朝日が騒ぎ始めた1991年が「慰安婦元年」になったのである。 金学順が最初に慰安婦として名乗り出た

  • H-Yamaguchi.net: 「非常民の民俗文化―生活民俗と差別昔話」

    このは、著者のフィールドワーク(というより「実体験」といったほうが適切かも)に基づいて、庶民、もっというと下層の庶民の民俗を綿密に記録している。民俗学というと柳田國男が有名だが、この人の書くものはすべて柳田民俗学に対する強烈な批判がちりばめられている。書のタイトルにある「非常民」も、柳田のいう「常民」に対する概念。そんなきれいごとなわけねぇだろアホ、みたな敵意むき出しだし、水平社運動にも関わっていたとかで思想性もけっこうアレだったりするから、主張部分は「部外者」にはちょっと引くものがあるが、それはおいといても事実部分はとても参考になる。 この赤松啓介という人は、他にも「夜這いの民俗学・夜這いの性愛論」なんかが知られているが、書にもその手の話はけっこうたくさん出てくる。「国家の品格」「美しい国」一派の皆さんのような生まれのおよろしい方々には見えなかったのだろうが、ここに描かれたような、

    H-Yamaguchi.net: 「非常民の民俗文化―生活民俗と差別昔話」
    kuenishi
    kuenishi 2007/03/13
    「最近~なった」というテンプレにはもう秋田と毎度毎度思うのだが引っかかる自分ワロス
  • カワセミの世界情勢ブログ 歴史認識問題の難しさ

    昨今、従軍慰安婦問題が米国下院で取り上げられ、再度注目を浴びる形になっている。歴史認識の問題はいつも難しいが、自分が良く見る数少ないブログで取り上げられていたこともあり、このエントリでコメントの代わりとしておくつもりである。 forrestal殿のエントリで歴史認識のレベルを分かりやすく例示しており、この種の問題を取り上げるときに整理された思考の手助けとなろう。ただ、リンクしておいてこういうのも何だが、筆者の見解は少し異なる。ここで言うファースト・レベルの検証段階とセカンドレベルの認識・解釈レベルはこの問題の出発点と終着点であると思うのだ。中心に検証の結果得られる客観的事実があり、アカデミズムの原則で事実が追及されるのを基とする。しかし認識・解釈レベルは、各国・地域・文化集団・個人によって実に様々である。同じ国の中でも異論があり、少なくとも民主主義国では、多数派はこうであるという言い方し

    カワセミの世界情勢ブログ 歴史認識問題の難しさ
  • 町山智浩アメリカ日記---天安門広場での死者はなかった 2004‐03-13

    インチキというものは、放っておくと、トンデモないことになるという話。 天安門事件を覚えているだろうか。1989年、北京の天安門広場に集まった民主化を求める学生たちを人民解放軍が虐殺した、とされる事件だ。 「とされる」としたのはウソだからだ。当時、現場に最後まで残った朝日新聞の記者と、スペインの国営TV局の記者が後に「学生たちは安全に広場から退去し、一人の死傷者も出なかった」と証拠のビデオを提出し、世界のマスコミは天安門広場の虐殺は誤報だったと撤回修正した(死傷者が出たのは広場の外である)。 詳しい資料です。 http://sng.edhs.ynu.ac.jp/lab/murata/murata-tian'anmen2.html これも追加。この記事がとてもわかりやすいのでぜひ読んでください。 http://gregoryclark.net/jt/page42/page42.html ここが

    町山智浩アメリカ日記---天安門広場での死者はなかった 2004‐03-13
    kuenishi
    kuenishi 2007/03/12
    CIAの話はホントなのだろうか
  • 慰安婦問題の再調査が必要だ - 池田信夫 blog

    慰安婦をめぐって、なぜか海外メディアの報道が過熱している。驚くのは、その事実認識の杜撰さだ。特にひどいのはNYタイムズの1面に出た記事で、3人の元慰安婦の証言を引用して「過去の否定は元性奴隷を傷つける」と題しているが、彼らは強制連行とは関係ない。台湾人と韓国人は軍に連行されたとは証言していないし、オランダ人のケースは軍規に違反した捕虜虐待事件で、軍は抗議を受けて慰安所を閉鎖した。 LAタイムズもワシントンポスト(AP)もEconomistも、具体的な根拠をあげずに「性奴隷が存在したことは歴史的事実だ」と断定している。そろって慰安婦の数を「20万人」としているところをみると、出所は吉見義明氏のの英訳(およびその孫引き)だと思われるが、この数字は当時の国内の公娼の総数が17万人だったことから考えてもありえない。秦郁彦氏の推定では、2万人弱である。しかも吉見氏でさえ、軍が強制連行した証拠は見

    kuenishi
    kuenishi 2007/03/12
    何度でも調査してキッパリ言う、なんてABE首相にできるのかなぁ…
  • 「従軍慰安婦」の政治決着は見直すべきだ - 池田信夫 blog

    いわゆる従軍慰安婦について「強制があったという証拠はない」という1日の安倍首相の談話への反発が広がっている。韓国の外相が「韓日関係に有益でない」と批判し、こうした動きを伝えるAP電がワシントン・ポストなど約400紙に配信されている。 この記事では「安倍氏のコメントは歴史的な証拠と矛盾している」として、「1992年に歴史家の明らかにした証拠」をあげている。これは吉見義明『従軍慰安婦資料集』(大月書店 1992)を指していると思われるが、このには一つも「国家による強制」を示す証拠はない。典型的なのは「軍慰安所従業婦等募集に関する件」という通達だが、これは業者が慰安婦を募集するとき、軍部の名前を利用しないよう注意せよと命じるもので、むしろ軍が慰安所の経営主体ではなかったことを立証している。安倍氏のいう「広義の強制」とは、この『資料集』で吉見氏の主張した「詐欺などの広義の強制連行も視野に入れる

  • 痛いニュース(ノ∀`):【韓国】「あのとき日本に勝っていさえすれば」 … 『高麗・モンゴル連合軍の日本征伐』出版

    1 名前:犇@犇φ ★ 投稿日:2007/02/25(日) 13:47:09 ID:??? ■『高麗・モンゴル連合軍の日征伐』、中世東アジア関係史に新たな光 モンゴルは、13世紀に世界征服を夢見て全世界の70%を征服した帝国だった。高麗軍と モンゴル軍の連合軍は日征伐に乗り出したが、勝利を目前に巨大台風で最強艦隊が 沈没して野望も散り失せた。その背後にあった歴史的真実は何だろうか。 『高麗・モンゴル連合軍の日征伐』(キムヨン社)は、高麗・モンゴル連合軍の日遠征 を通じて、中世東アジア関係史を新しい視点から見ただ。モンゴルと高麗、日がたど った13世紀東アジア史を描いている。 歴史上の人物探求に力を注いできたフリーランサー作家の鄭スンテ氏が2003年から1年 間「月刊朝鮮」に連載した現場検証記事を追補したものだ。 第一回遠征時の高麗の将帥である金方慶(キム・ハ

  • バブルとその崩壊は止められたか - 池田信夫 blog

    「バブルへGO!!」という映画が上映されている。私は見てないし見る気もないが、あの時代のいくつかの岐路にタイムマシンで戻ったらどうなるだろうか、というテーマはおもしろいので、冗談半分に考えてみた:1985年:プラザ合意のときの円高誘導そのものはやむをえなかったが、それによる「円高不況」に対して金融緩和だけで対処したため、空前の金余り(バブル)が出現した。このとき財政出動しなかったのは、大蔵省が財政再建に固執したためだった。その上、貿易不均衡を是正するため「内需拡大」を求めるアメリカの圧力もあった。 1990年:バブルが崩壊したきっかけは、1989年5月から始まった日銀の公定歩合引き上げと、90年3月に始まった大蔵省の不動産融資の総量規制だった。なかでも総量規制のおかげで、その抜け穴になっていた住専に過剰融資が流れ込んだ。映画では、広末涼子がこの総量規制をやめさせるため、過去に時間旅行する