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ブックマーク / www.highriskrevolution.com (6)

  • 書籍「ゲームの歴史」について(12/終) | Colorful Pieces of Game

    このテキストは岩崎夏海・稲田豊史両氏による、先日絶版・返になると発表があった『ゲーム歴史』の1、2、3の中で、歴史的に見て問題があり、かつ僕が指摘できるところについて記述していくテキストだ。 (12)は3巻の第22-24章とあとがきを扱ったものになり、今回で最後になる。 いつもの2倍ぐらいの長さがあるので、覚悟して読んでいただきたい。 該当のの引用部は読みやすさを考慮してスクリーンショットからonenoteのOCRで文字の書きだしをしたものを僕が修正したものになっている。なので校正ミスで文と若干ずれたり、誤植がある場合があるかも知れないが、そこは指摘いただければ謹んで修正させていただく。 シリーズは以下のリンクを読んでいただきたい。 『ちょっとは正しいゲーム歴史』を国会図書館に納しましたゲームレジェンド新刊『ちょっとは正しいゲーム歴史』できました書籍「ゲーム歴史」について(

  • PCエンジンの倫理規定::Colorful Pieces of Game

    とはいっても、まあ18禁はなかったのだけど、それでもファミコンと比較した時、PCエンジンは最初から全体にヌルくて、例えばPCエンジン初期のナムコの『妖怪道中記』の乙姫様のストリップふうな踊りだの、『コズクミックファンタジー』みたいにギリギリのサービスシーンのようなものが普通にあった。 ついでに書くと、1990年あたりになると乳首ポロリもフツーになるのだけど、これがどこらへんからフツーになったのかはよくわからないが、アートで容量の無駄使いをしてもなんとかなるCDROMが登場してからなのは間違いない。そして『ウルトラボックス』では間違いなくやっていた。 ただ、当時(80年代後半)はもともとそこらへんが緩くて地上波で平気で乳首が出る世界だったから、そう驚くことでもなかったと思う。 むしろ任天堂さんの方が子供向けってことで厳しかったに近いと思っている。 ところが、この倫理規定が全くなくて、なおかつ

  • ファミコン版FFⅡのアルテマはなぜ弱かったのか?::Colorful Pieces of Game

    Twitterでメモ書きした話をもう少しちゃんと残しておこうと思った。 ただの記憶でしかなく、細かいところに間違いがある可能性は十分にあるが、大枠は間違っていないはず。 25年前(1989年の初頭だったはず)、僕は自分のデビュー作、さいきょーRPG『凄ノ王伝説』の宣伝で、マル勝ファミコンの座談会に出してもらえることになった。この座談会は1988年冬~1989年初頭のゲーム業界で、言うまでもなく1988年2月に出た『ドラゴンクエストⅢ』で空前のRPGブームが来ていた、まさにRPGの全盛時代といっていいタイミングで行われていた。 僕自身はというとPCエンジン版の『イースⅠ・Ⅱ』の制作に入る前で、さくまセンセイのところでどんちゃんに叩きのめされる前だったと思う。 自分のゲームに対する考え方とアプローチは『イースⅠ・Ⅱ』の制作に入るまでの2ヶ月ほどで激変するのだけど、こんときはまだゲームを作るプロ

  • 天外Ⅱの戦闘システムについて(2)::Colorful Pieces of Game

    説明を始めると深入りして、面倒くさいから書きたくなかったのに、コメントで書かれてしまった上に「どうしてウィザードリィやドラクエがそういうシステムなのか?」を知らない人も沢山いることが、ツイッターとか見ていてわかった。 しょうがないので、話を一度前に戻して「なぜ、フェイズシステムなのか?」を解説するところから、今回は始めたい。 初代の(最近はクラシックというらしいけど)D&Dは、元々作った会社がTSRって有名なミニチュアール(フィギュアを使ったシミュレーションゲーム)だの、けっこーマニアックなボードシミュレーションを作っていた会社で、しかもD&Dは「ミニチュアールの戦闘ゲームにいろいろオマケのルールを付け足していったらRPGになりました」という代物なので、結構、戦闘がヘビーなゲームで、来は方眼紙の上にフィギュアを置いてプレイし、距離だのなんだのまでルール化されているゲームだった。 ところが

  • 「プランナー」ってナニ?::Colorful Pieces of Game

    なんだか、最近、日ゲーム作っている人と話をしてて、よくわからなくなってきたので、海外のスタジオと、そこに勤める人の職能を書いて、少し疑問を投げてみたい。 まずスタジオってのがどういうものかというとゲームを作る場所。 スタジオには2種類あり、ひとつがパブリッシャーの下にあるタイプ、いわば支社とか子会社みたいなもので、例えば、僕が勤めているゲームロフトのオークランドスタジオはそのタイプだ。 もうひとつが、独立スタジオ。簡単に書けばゲームを作る開発専門の会社だ。 具体的には、例えば僕の尊敬するケン・ロルストンが仕事をしているBig Huge Gamesがそうだし、僕が韓国でいた会社や、勤めたこともある会社もそう(ああ、しかしBHGはどうやらチャプター11っぽいが…)。 スタジオの中でゲームを作っている人達はどんな風に分かれているのかというと ・ゲームデザイン ・アート(グラフィック) ・サウ

  • ゲームレビューについて(6/終)::Colorful Pieces of Game

    ようやく最後までたどり着いた。 ■ゲームレビューについて(1) ■ゲームレビューについて(2) ■ゲームレビューについて(3) ■ゲームレビューについて(4) ■ゲームレビューについて(5) 前回、アートと技術の両面を持つものを評価するシステムとして、スケートなどがあり、これは「テクノロジーを使った商品としてのゲーム」の評価に応用できるって話を書いた。 では、これらの競技の採点の「なに」がレビューに応用できるのか? なにより考え方。 これらの競技の採点の最大のポイントは「アートと技術を分離する」ことだ。 もちろん完全に分離できるわけではないので、常に問題がつきまとっているのだけれど「いかにアートなものを採点していくのか?」という考え方としてはとても役に立つ。 「わかりやすさ」を考えたとき、レビューの得点は必要だけど、その得点に採点基準や意味が取れなければ、誰にも役に立たない不幸なものになっ

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