ようやく再投稿できるようになったので、文章を改正してアップ成功。 無限集合論は神学に適用できるという発想の下、落合仁司は数々の同工異曲の本を上梓しているが、これはその最新版。 これまで落合仁司は、正教会神学やパラミズムを持ち上げていたが、この書ではその称揚は影を潜め、「パラミズムはキリスト教の教義として許容しうるか否か。聖書の解釈からは、かなり難しそうである」(p.36)とにべもなくその価値を否定している。 パラミズムに代わって落合仁司の寵愛を受けるのは「十字架の神学」であるが、その内実はたとえばこういう感じである。 「事柄の本質は、十字架に付けられ苦しみ死ぬのは、人間イエスであると共に神ご自身であるという事態である。(・・・)古代のキリスト教徒たちは、この神を、神ご自身ではあるがその分身である、神の子、子なる神、キリストと考えた。さらに、十字架に付けられて苦しみ死ぬ以前の人間イエスもまた