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  • 日本一簡単なオーブン料理『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』

    まず結論。オーブン料理はこの3ステップに尽きる。 1. 切れ 2. 予熱しろ 3. 焼け これだけ? そう、これだけ。 切るといっても「火が均一に通るよう、材の大きさをそろえて切る」とか、焼くといっても「200度で30分、ようすを見て追加で焼く」など、いろいろアドバイスがあるでしょう。そもそも、材は何? 味付けはしないの? オリーブオイルとか……確かにそうだ。 そうなんだけど、細かいことはいいんだよ。べたいのを、切って焼くだけ。下ごしらえしたら、後はオーブンに任せておけばいい。味付けは適当でおいしい。 ただし、一点だけポイントがあって、それは「予熱をする」なんだ。狙った時間で出来上がりにするために押さえておきたい。さもないと、時間になっても中まで火が通っておらず、外は焦げている代物ができあがる。そこさえ気をつければ、なんとかなる。 まずはオーブン機能を使ってみるのが大事。これ読むと、

    日本一簡単なオーブン料理『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』
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    lapis 2016/12/16
  • びっくりするほどディストピア!『暴走する正義』

    行過ぎた管理社会を風刺する短篇集なのに、ちょい昔のSFなのに、「いま」「ここ」感に溢れている。SFとは、空想科学を用いたルポルタージュなのかもしれぬ。 筒井康隆や小松左京、星新一や半村良など、すこし昔の巨匠たちの想像力は、当時の現実の裏返しというよりも、むしろ現代をそのまま幻視する。時代性やエログロ描写を突き抜けて、なつかしい未来を懐古するかのような気分になる。管理社会批判一色に染まってところも皮肉が利いてる。たいした抵抗もせず、軋轢もない、日常の延長上にあるディストピアは、オーウェルやハクスリーのような分かりやすさを求める人には不満があるかも。 たとえば、小松左京「戦争はなかった」のラストがいい。最初はいかにも短篇小説らしいオチを求めていたのだが、宙吊りになる感覚に、思わず「えっ」と声に出していた。これ、ストレートに読んで、風刺として受けとめても愉しいけれど、タイトルを捻って「戦争はなか

    びっくりするほどディストピア!『暴走する正義』
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    lapis 2016/03/30
  • 人生は予習だ『医者とホンネでつきあって、明るく最期を迎える方法』

    がんを宣告されたとき、やってはいけない最たるものは、「検索」だろう。 不安な気持ちで薬剤や療法を検索すると、高確率で「特効」に行き当たる。「医師に殺される」「医者にかかわるな」という煽り文句で副作用をあげつらわれると、不安が不審に変わる。そして、揺らいだ心に寄り添うように、「がんが消える」と謳われると、疑う動機が小さくなる。 厄介なのは、「がんが消える」と謳っている人が、れっきとした医師だということだ。「医者の言うことだから」「100%治ると断言しているから」と思考停止になり、信じてしまうかもしれない。こういう、リテラシーが残念な人は、世の中に数多くいる。おかげで患者をいものにして肥え太る者がいる。そんな連中は、バカは死ななきゃ治らない『「ニセ医学」に騙されないために』で予習した。 だが、もし自分が大きな病気になったとき、バカにならない自信はない。なぜなら「安心」が人質にされているから。

    人生は予習だ『医者とホンネでつきあって、明るく最期を迎える方法』
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    lapis 2016/03/08
  • 『世界システム論講義』はスゴ本

    「なぜ世界がこうなっているのか?」への、説得力ある議論が展開される。薄いのに濃いスゴ。 世界史やっててゾクゾクするのは、うすうす感じていたアイディアが、明確な議論として成立しており、さらにそこから歴史を再物語る観点を引き出したとき。「こんなことを考えるの私ぐらいだろう」と思って黙ってた仮説が、実は支配的な歴史観をひっくり返す鍵であることを知った瞬間、知的興奮はMAXになる。 たとえば、「先進国(developed)」と「途上国(developing)」という語に、ずっと違和感があった。「後進国」は差別的だからやめましょうという圧力よりも、この用語そのものが孕む欺瞞を感じていた。 なぜなら、この語の背景として、近代化・工業化が進むというプロセスがあるから。なんなら、進化のメタファーを使ってもいい。産業構造が一次から高次に転換するとか、封建社会から資主義社会に"進化"するといった欧米の経済

    『世界システム論講義』はスゴ本
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    lapis 2016/02/10
  • あなたの論文を学術書にする方法『学術書を書く』

    最初に答えを言うと、「良い編集者を持て」になる。 あなたの修論や博論は、どれほどユニークで面白かろうと、そのままにはならない。だから、潜在的な読者を見つけ、物理的なという形に仕上げ、配・流通に載せて、最終的に買って読んでもらうために、いくつかの準備や手直しが必要となる。その一番の方法が「良い編集者を持て」なのだが、そんなに簡単には見つからない。書は、こうした「ユニークで面白い論文」と「優れた学術書」の橋渡しをしている編集者が、どういう点に気をつけて、何をアドバイスしているかを、実際の出版事例を用いながら教えてくれる。 最も重要で、かつ全体を貫く勘所は、「誰が読むのか」だと言い切る。ふつうなら「何を書くのか」というテーマが大事ではないかと思うのだが、そのテーマですら、「誰が読むのか」によって揺らぐという。専門性の高い限定された研究対象を論じるのであれば、自ずとそれに興味をもつ読者も限

    あなたの論文を学術書にする方法『学術書を書く』
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    lapis 2015/11/20
  • 60分で常識が変わる『料理と科学のおいしい出会い』

    切って、火を通して、味つけして、おしまい。あとは素材と種類のバリエーションで、料理とはそんなものだと思ってた。 しかし、気で「おいしい」を求めると、土や水からの話になるし、分子や組成レベルまで分け入った、味わいの認知科学・生理学の研究になる。そこはもはや、経験や伝統を超えた科学の領域で、台所はラボラトリーになり、調理技術はは化学や物理に還元される。 書では、「分子調理」をメインに、科学の視点から「おいしさ」の質に迫る。「分子調理」とは、物理・化学・生物、そして工学の知識を調理プロセスに取り込み、新しい料理を創造する試みだ。「新しいご馳走の発見は、人類の幸福にとって新しい天体の発見以上のものだ」と言った美家がいたが、これは新たな星雲の発見以上になるかもしれぬ。 たとえば、材の「相」を変えるという発想が紹介される。氷・水・水蒸気に代表される、固体・液体・気体の相のことだ。通常なら、加

    60分で常識が変わる『料理と科学のおいしい出会い』
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    lapis 2015/11/08
  • 身体のリバースエンジニアリング『人体 600万年史』

    完成品を分解したり観察することによって、動作原理や設計・仕様を調査することをリバースエンジニアリングという。これを「人体」に適用したのが書になる。 しかし人体は「完成品」ではないし、設計図からデザインされたものですらない。その時々の環境に応じて「生きる」「殖える」ことを目的とし、変化を重ねてきた。人の身体には、パリンプセストの羊皮紙のように何度も消しては書かれてきた跡が見えるという。「私たちの身体には物語がある」と断言する著者は、そうした人体と環境の変化を、ときには精緻に、ときにはドラマティックに明らかにしてくれる。 非常に面白いのは、「人の身体はなぜこのようになっているのか」というアプローチから迫ってゆくうち、「人は何のために生きるのか?」への回答がなされていること。人類の祖先との身体構造の違い―――長い脚、高い鼻、大きな頭といったパーツから始まって、なぜべ物を喉に詰まらせるのか(気

    身体のリバースエンジニアリング『人体 600万年史』
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    lapis 2015/10/30
  • 結果から原因を探る数学『逆問題の考え方』

    わたしが知ってる数学は、“半分”でしかなかった。もう半分は、生々しく、荒々しい。同時に、数学の「正しさ」について強制的に考えさせられる。 わたしの知ってる数学は、「原因→結果」に従う。すなわち、原因を既知として法則に沿って計算する。万有引力から塩水の濃度まで、自然界を則るルールの理解や予測に役立つ。書によると、これは「順問題」と呼ぶ。 一方で、「結果→原因」を求める数学がある。現象の原因を観測結果から、逆のパスを通して決定・推定する問題だ。これが「逆問題」だ。逆問題を意識しないとき、「順問題」は、単に「問題」と呼ばれる。わたしが数学の全てだと信じてきた問題の大半は、これだったのだ。 たとえば、放射性物質で汚染された水を入れる貯水槽の問題がある。 【順問題】 ある貯水槽に放射性物質で汚染された水が流れ込み、混ぜ合わされ、流れ出ている。ある日、貯水槽の放射性物質濃度は、1Lあたり24.0ベ

    結果から原因を探る数学『逆問題の考え方』
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    lapis 2015/02/10
  • 池澤夏樹が選ぶ世界文学10作品『世界文学を読みほどく』

    ネットのおかげで人生のネタバレが捗ったように、書のおかげで文学のネタバレが進んだ。 借金で詰んだ人生とか、仮想敵に依存したフェミニストとか、自分で体験することなくセミリアルタイムで眺められるネット万歳。同様に、自分で苦心して読むことなく世界文学の10作品を俯瞰できる。高尚化してた文学を下品なメロドラマに堕としたり、世界を束ねる“データ・ベース”に喩えたり、やっぱりフォークナーは「あらすじ」に圧縮できないなと納得する。この一冊だけで、読んでいないについて堂々と語ることができるだろう。 ラインナップは次の通り。 スタンダール『パルムの僧院』 ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』 トルストイ『アンナ・カレーニナ』 トウェイン『ハックルベリ・フィンの冒険』 メルヴィル『白鯨』 マン『魔の山』 ジョイス『ユリシーズ』 フォークナー『アブサロム、アブサロム!』 ガルシア=マルケス『百年の孤独』

    池澤夏樹が選ぶ世界文学10作品『世界文学を読みほどく』
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    lapis 2014/02/18
  • 数学は正しいか『数学の想像力』

    数学の「正しさ」について、ぎりぎり迫った一冊。 何によって数学的な「正しさ」を認識するのか、その根拠とでもいうべきもの、正しさの深層にあるものを掘り起こす。 書の結論はこうだ。数学の正しさの「規準」は明快だが、正しさの「根拠」は極めて非自明である。そもそも「正しさ」に根拠などというものがあるのか?この疑問への明快な解には至らないにせよ、そこへのアプローチにより、数学の「正しさ」が少しも自明ではないこと、そしてその非自明性が数学を柔軟性に富んだものにしている―――この結論のみならず、そこへ至る議論の数々が、読み手に知的な揺さぶりをかけてくる。数学の正しさを疑わない人には、頭にガツンと一撃を喰わされる。 もちろん数学は「正しい」。[Wikipedia]によると、数学とは「いくつかの仮定から始めて、決められた演繹的推論を進めることで得られる事実(定理)のみからなる体系の研究」である。そこにおけ

    数学は正しいか『数学の想像力』
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    lapis 2013/07/19
  • 方程式というパラダイム『世界を変えた17の方程式』

    17の方程式で語る知の歴史。 地図の作成からGPSナビゲーション、CDやテレビ、原爆や優生学やデリバティブなど、善し悪しともかく現在の世界を作り上げた「方程式」が主役の話。 著者はイアン・スチュワート。数学質が抽象化であることをユニークに示した『分ける・詰め込む・塗り分ける』や、生物学を塗り替えようとする現代数学に迫る『数学で生命の謎を解く』など、少なくともわたしにとっては歯ごたえありまくりの、しかし深い知見と新たな視線が得られる良を書いている。 著者曰く、「方程式は、数学、科学、工学のいわば血液である」。もちろん数式よりも、「言葉」の方が一般的で強力だろう。だが、科学や工学からすると、言葉はあまりに不正確で限界がある。言葉だけでは、人間レベルの前提が立ちふさがり、ノイズが多すぎる。そのため、根的な理解や洞察を得ることができないが、方程式ならできる。方程式は何千年ものあいだ、人類文

    方程式というパラダイム『世界を変えた17の方程式』
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    lapis 2013/06/13
  • 俺の嫁が美人なわけ。『ファスト&スロー』はスゴ本

    わたしの嫁さんは、美人である。 いわゆるカワイイ系ではなく、美人。レトロなフランス人形のような整った顔立ちをしている。一目惚れから十数年、結婚してよかったなーと思う。 だが、男女が一緒に暮らすのだから、順風満帆というわけにゆかぬ。カッとなって激しくやりあった夜や、冷たい応酬の日々が続いたときは、後悔することもある。 さらに、メタ視点から、「この結婚」に対する認知の歪みも自覚している。結婚に費やした時間、コスト、感情、労力が莫大かつ取り戻せないため、「この結婚はいいものだ」という認識に反する事柄を、予め排除しようとする。この結婚を否定することは、そこに費やしたわたしを否定することになる。あまりに犠牲が大きいため、結婚を疑うことに一種の恐怖を感じる。 そしてこれを、「サンクコストの誤謬」と呼ぶことも知っている。莫大な投資をした事業から撤退しようにも、取り戻せない費用を、サンクコスト(埋没費用)

    俺の嫁が美人なわけ。『ファスト&スロー』はスゴ本
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    lapis 2013/01/30
  • 『昭和史』はスゴ本

    の現代史の決定版。 過去を見ると未来が見える。質的に変わっていない日がある。むしろ、変わらない質が得られる、というべきか。波乱と躍動に満ちた昭和は、ドラマよりもドラマチックで、おもしろい。 維新だ改革だと、やたら変化が叫ばれている。ニッポンの上っ面はめまぐるしく、スローガンとキャッチコピーはどんどん入れ替えられる。だが、質はこれっぽっちも変わっていない。昭和と平成を比べると、同じ問題に同じ応対をしている。その学習能力のなさは、悲しいぐらい変わっていない。翻ると、未来を考える上で非常に示唆に富むといえる。 まず、不況時の国民に選ばれたカリスマは、スタンドプレーな外交で国際関係に危機をもたらすだろう(マスコミが煽ったら戦争になる)。これは、未来に起きる昭和の話だ。アメリカ相手に強気一辺倒で、三国同盟を結んできた外相・松岡洋右のことだ。マスコミはこぞってヒーロー扱いしていたが、まさか

    『昭和史』はスゴ本
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    lapis 2012/11/16
  • 「貧乏人の経済学」はスゴ本

    経済学者≒ソフィスト」と冷やかに観察しているが、書は例外。 なぜなら、後知恵の机上論を分かりよいストーリーに押し込んで一丁あがりにしないから。あらゆる問題を一般原理に還元し、紋切型に落とし込む発想を拒絶するから。解決策はランダム化対照試行(RCT:random control test)によって検証済のものだから。 紋切型の経済学者が唱える「銀の弾丸」はないものの、「こんな状況下でこういう対策を打つと、確かに効果が期待できる」といったシナリオは描ける。面白いことに、そのシナリオを支える理屈は、「いま」「ここ」にも適用できるセオリーであるところ。わたしが貧困の罠に陥っていない理由は、わたし個人の努力よりも、社会システムに依拠しているものが大であることが分かる。見えるもの(社会保険、公衆衛生、教育システム)だけでなく、そこからくる見えないもの(安心、安全)に二重三重に保護された「わたし」が

    「貧乏人の経済学」はスゴ本
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    lapis 2012/05/18
  • 「世俗の思想家たち」はスゴ本

    経済学の目的は、人の営みの質をヴィジョンとして描くことが分かる。そして、経済学は科学でないことが、やっと腑に落ちる。 スミス、マルクス、ケインズ、シュンペーター、経済学説史上の巨人たちの言動がときに生々しく、ときにユーモラスに語られる。彼らは皆、学説や主義の発明者というよりは、目の前の現実社会に影響を受けながらも、「なぜそうなっているのか」を得心しよう/させようと奮闘したのだ。 彼らの出自も栄達もさまざまだ。裕福な教授もいれば、極貧の文筆家としての人生を送った者もいる。共通していることは、彼らの描くヴィジョンは、それぞれの個人的な経験に裏打ちされているところ。絶対的なプリンシパルがあって、そこから証明や体系を拡張したものでないオリジナリティが、経済学を世俗の思想にしている。 たとえば、冷酷な物言いで追い詰められた感じを漂わせ、重苦しく、希望を失った人生を送ったマルクスが構想したのは、「破

    「世俗の思想家たち」はスゴ本
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    lapis 2012/03/12
  • 「要約 ケインズ 雇用と利子とお金の一般理論」はスゴ本

    経済学者が嫌いだ。 イソターネットで可視化された「経済学者」は、嘘つきで尊大で、自分以外は馬鹿に見えるらしい。誤りを指摘されると、猛々しく開き直り、詭弁を弄して話をすりかえる。「経済学者だから、さぞ金持ちだろう」は冗句だが、「経済学者だから、リーマンショックは予見しただろう」は洒落にならぬ。「経済学者が集まったから、EUクライシスの処方箋がまとまるだろう」は、もはや寝言だ。 しかし、わたしが間違っていた。ダメな「経済学者」がいるかもしれないが、「経済学」は価値がある、まちがいなく。ずっと避けてきたのに、とうとう出てしまったのだ、「ケインズ一般理論」の要約版が。岩波文庫で何度も撃沈していたものを、ていねいに噛み砕き、今に合わせて剪定してある。ありがたく感謝して読む。 もちろん一読で理解できるはずもないが、どこまで分かっていて、どこまで分かっていないかが、判別できた(←これ重要)。なのでクルー

    「要約 ケインズ 雇用と利子とお金の一般理論」はスゴ本
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    lapis 2011/11/25
  • 「死ぬまでにやりたいゲーム1001」はスゴ本

    読まずに死ねないがあるように、死ぬまでにやりたいゲームがある。 ゲームの違うところは、「読まずに死ねない」の大半は既知だが、「やらずに死ねないゲーム」は未知であるところ。つまりゲームは日々進歩しつづけており、スゴゲー(すごいゲーム)とはこれから出てくるものと思っていた。ところが書で振り返って、どうやら違うようだ。 世界初の家庭用ゲーム機Odysseyが発売されたのが、1972年。以降、2010年の初頭ぐらいまでの、家庭用ゲーム、携帯ゲーム、筐体ゲームPCゲームが発売年順に並んでいる。対応機種やジャンルと併せて、スクリーンショットも掲載しており、強烈に懐かしさをかき立てる。一方で、自分が熱中していたゲームが「クラッシックゲーム」扱いされてガクゼンとする(「懐メロ」と一緒やね)。 「スペースインベーダー」、「パックマン」といった伝説級はもちろん、ドラクエ・FFといったRPG、ストI

    「死ぬまでにやりたいゲーム1001」はスゴ本
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    lapis 2011/11/20
  • 紀伊國屋は売切れ御免、amazonは残り僅か「なぜ私だけが苦しむのか」

    オススメをプレゼンし、読みたくなった一冊を決める「ビブリオバトル」に行ってきた。 わたしが推したのは「なぜ私だけが苦しむのか」。付せんと傍線と書き込みで一杯の、この一冊は、死ぬまで手放すことはない。これは、「人生の保険」だ。を読む元気があるうちに読んでおき、いざ不幸の一撃に見舞われたときに思い出すなのだ。「買うべし(命令形)」と猛プッシュしたお陰で、ビブリオバトル終了直後、すぐに売り切れになった。 これ、ロングセラーなのに、置いてる屋や図書館が少ない。Amazonでもよく品切れになる(現在11点の在庫)。このが必要になるときは、人生のうちで必ずある。そのときは、すぐに読みたいはず。そして、「そのとき」に手に入るかどうか、分からないから。ここらは自動車保険や生命保険と同じ。「そのとき」になって直ぐに連絡できるよう、保険会社の連絡先は常に携帯している。同様に、イザというとき、この一

    紀伊國屋は売切れ御免、amazonは残り僅か「なぜ私だけが苦しむのか」
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    lapis 2011/10/12
  • 安くて野蛮でやたら旨い「檀流クッキング」

    「安くて旨い料理教えろ」というトピックに最適な一冊。 レシピは親切だけど、信頼するのはクチコミになる。掲示板やコミュニティでかじったレシピを頼りに、すばらしくうまい一皿を作ったことが何度もある(ピェンロー鍋とかアンチョビソースのパスタとか)。嬉しいのは、ただ簡便なだけでなく、「ここだけ肝心」「これはこだわる」といった、ポイントを突いているところ。 書はそんなキモが並んでいる。しかも、完全分量度外視の原則を貫き、アミノ酸至上主義をせせら笑うレパートリーが並んでいる。「塩小さじ1/2」みたいな科学調味料的態度を突き抜けて、塩の量がいかほどと訊かれたって、答えようがない、君の好きなように投げ込みたまえ、と言い切る。 それでも、「ゴマ油だけは、上質のものを使いたい」とか、「暑いときは、暑い国の料理がよろしい」のように、妙な(だがスジの通った)こだわりが出てくる。おそらく、ない材料はなくて済ませ

    安くて野蛮でやたら旨い「檀流クッキング」
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    lapis 2011/08/22
  • 生きることに意味はないが甲斐はある「それでも人生にイエスと言う」

    こころが傷んだときの保険。「なぜ私だけが苦しむのか」と同様、元気なときに読んでおいて、死にたくなったら思い出す。 「なぜ私だけが…」は、わが子や配偶者の死といった悲嘆に寄り添って書かれている。いっぽう、「それでも人生に…」は、生きる意味が見えなくなった絶望を想定している。こうした喪失・絶望に陥っているときに開いてもダメかもしれない。だが、「あのがある」と御守りのように心に留めおいているだけでもいいかもしれぬ。「これを読めば元気がもらえる」と言ったらサギだろうが、少なくともわたしは、これのおかげでもうすこし生きたくなったから。 著者はヴィクトール・フランクル、ナチスによって強制収容所に送られた経験をもとにして書かれた「夜と霧」は、あまりにも有名。凄まじい実態を淡々と描いた中に、生きる意義をひたすら問いつづけ、到達した考えを述べている(リンク先のレビューにまとめた)。 「それでも人生に…」

    生きることに意味はないが甲斐はある「それでも人生にイエスと言う」
    lapis
    lapis 2011/06/01