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ひきこもりに関するlotus3000のブックマーク (3)

  • (5) 【追記】 民族浄化ならぬ、当事者浄化 - Freezing Point

    連続エントリ: 第1回 「《つながりの作法》 としての差別」 第2回 「《不定詞の束としての人格》という考え方」 第3回 「生の様式そのものとしての不定詞 infinitif」 第4回 「差別と批判の見分け方」 第5回 「【追記】 民族浄化ならぬ、当事者浄化」(今回) 【承前】  名詞形の当事者論は、《純粋な○○》 を探し始めます。 「より純粋な○○はどっちか」 の競争になる。*1 しかし動詞形で 《当事化する》 と考えるかぎり、その衝動は起こりません。 多角的な当事化がお互いを調べるのは、あくまで動詞形ミッションとの関係において、 つまり必要な変化との関係においてであって、「固定された性質」を記述するためではない。 名詞形にもとづく倫理は、差別と同じ 左翼系論者が差別をやめられないことと、名詞形「当事者」論は、リンクしています。 彼らは、名詞形の概念枠をやめられないのです。 自分を否定す

    (5) 【追記】 民族浄化ならぬ、当事者浄化 - Freezing Point
  • 《うむ》、《なる》、《つくる》 - Freezing Point

    宇野邦一『【現代思想の現在】ドゥルーズ---群れと結晶 (河出ブックス)』p.19 より*1: 丸山眞男が『忠誠と反逆―転形期日の精神史的位相 (ちくま学芸文庫)』で、日歴史意識の「古層」について述べたことは、いまも強く印象に残っている。彼はその「古層」を形成する三つの範疇について述べた。「なる」、「つぎ」、「いきほい」の三つである。主として記紀神話を参照しながら、丸山は日における世界創造神話をつらぬくのは、世界を「うむ」でもなく「つくる」でもなく、「なる」という論理である、と指摘した。 「生・成・変・化・為・産・実などがいずれも昔から「なる」と訓ぜられ、それらの意味をすべて包含してきたということは、たんに日語の未分化とか、漢字の来の意味への無関心というだけでは片付けられない。古代日人にとって、これらの意味すべてを包括する「なる」のいわば原イメージがあったのではないか」。 「

    lotus3000
    lotus3000 2012/03/29
    ”つくるとなるの間に発生するひきこもり”自然主義アナーキズムかあ。多分にかつての自然環境の再生産能力以上に社会の人口を増やした時の不幸とかの記憶があるのかな。
  • 依存症と内観療法(ざいん指宿)

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