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ブックマーク / sociologbook.net (7)

  • 90年代を箇条書きにする – sociologbook

    「1995年ごろから構造転換、1999年が右傾化元年」 転換としての90年代……北田暁大、大澤真幸、田由紀、星野智幸など □1995年という年 阪神大震災、オウム真理教事件、沖縄少女暴行事件/オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件/日経連『新時代の「日的経営」─挑戦すべき方向とその具体策』長期蓄積能力活用型、高度専門能力活用型、雇用柔軟型/インターネット元年 □バブル崩壊 バブル 1986年〜1992年/プラザ合意→円高による大企業苦戦→低金利政策→財テクと土地への過剰投資NTT株上場と株ブーム→銀行の融資攻勢→不良債権激増→総量規制→バブル崩壊 非正規雇用・生活保護・貯蓄非保有の増加と学歴インフレ 35歳の平均年収 1997年:500〜600万 2009年:300万 1993年〜2005年 就職氷河期/1997年 アジア通貨危機 1991年 百貨店売上げピーク(9兆7130億円) 1

  • 大阪の「空気」(2)──行政都市の毛細血管 – sociologbook

    私たちがふだん住んでいる街って、どんな街だろうと思う。どんなっていうか、この街は「なにから」できているのか。 適当に見つけたワンルームか2LDKぐらいのマンションを借りて住んで、休日はIKEAとか無印で買い物する。朝起きたら電車やバス、車に乗り、出勤する。あるいは家の掃除をして近所のスーパーで買い物をしたあとスタバかドトールでお茶を飲む。仕事が終われば同僚や友人、恋人と待ち合わせして一杯やりにいく。あるいはまっすぐ帰る道でツタヤに寄ってDVDを借りる。家に帰ったら風呂に入ってビール飲んで、テレビやネットを見てから寝る。 たとえば、帰り道で立ち寄った居酒屋で、店員がなにか失敗をしたとする。何でもよい、グラスを倒したり、オーダーが通ってなかったり。私たちも大人だからむやみに怒鳴ったりしない。にこにこ笑ってグラスを取り替えてもらう。店員だけでなく、店長が出てきて謝ることもある。かなりひどい粗相の

  • 笑いを擁護する – sociologbook

    以下は、2011年1月9日に奈良女子大でおこなわれたシンポジウム「社会運動で語ること/伝わること/繋がること」で私が話した内容をもとに書いて、シンポの報告書に掲載してもらった文章です。一部細かい間違いは直しましたが、だいたいそのままです。 このシンポジウムは、奈良女子大の鶴田幸恵さん、名古屋大学の渡辺克典さんたちが中心になって企画されたもので、それぞれ関西の有名な運動家(という言い方が正しいのかどうかいまだにわからないけど)の、土肥いつきさんと上野久美さんのお話を中心にして、それになにかコメントしてくださいということだったので、だいたい以下のようなお話を……するつもりが、土肥さんのトークに引きずられて結局あっちゃこっちゃ脱線し、自分自身のカミングアウトもおりまぜながら、何かようわからん話になっちゃったので、以下に文章をあげときます。 テーマは「関西らしい社会運動について語る」ということだっ

    lotus3000
    lotus3000 2011/09/29
    多分この笑いの中にヘイトスピーチと何かを分けるものがあるのだろう。かと言って言語化すれば趙括の愚もありうるし難しい。
  • sociologbook | 2010/03 そりゃ仲良くできればそれにこしたことはないんですが

    「友だちや彼氏彼女から、『実は私、部落やねん』とか『実は俺在日やねん』とか『実は俺ゲイやねん』とかカミングアウトされたらどうする?」って聞くと、たいていの学生は「そんなの関係ないよ、ひとりの人間として好きだよ」って言っちゃうみたいで、「それ言うたらあかんよ」って言うとみんなびっくりする。 「ゲイだろうが何だろうが関係ない、人間として」っていう言い方は、せっかく勇気を出してカミングアウトした問題に関して「関係ない」って言っちゃうってことだし、とか、部落に対する自分自身の差別意識を変えないまま目の前のそいつだけ特別扱いするだけのことにしかならん、とか、まあこういう話はわれわれの業界ではわりとよく語られる定番の話になってるんですけども、そういうのがまたカミングアウトを無効化する暴力にしかならんのやわ、というと、学生たちはみんなへー、ってなって、わりと最後のレポートでもこのネタで書いてくるやつが

    lotus3000
    lotus3000 2010/11/03
    「思いやり」の限界。
  • sociologbook | 2010/08 部分的教育

    どうも社会学に何か人生の師匠的な期待をしている人がまだいるようだけど、まあ読者としてなら適当に過激なこと書いてくれてる方が面白いんだと思いますが、子どもたちを預かっているとそうも言えんのだこれが……昔からそうだと思うけど学生たちがどれくらい呪術的世界に住んでるか知ったらびっくりしまっせ。そういう世界で何かモノを教えるときに何がいちばん破壊力があるかって、それは普通に合理的な話がいちばんである。もう何度も書いてるけど少年犯罪は減ってるよって言っただけで教室がどよめくのだ(笑)。 いやしかし疑似科学やカルト集団に対する学生たちの免疫のなさ、あるいは悪い意味での寛容さを知ったらほんま驚くでしかし。 まあ呪術的っていうのは大袈裟だけど、ちょっと話変わるかもしれませんが、なんか学生たちと教員との間には「親密性の壁」みたいなものが分厚く存在しているような気がする。親密性というか「人間関係への縮減」

    lotus3000
    lotus3000 2010/08/25
  • sociologbook | そりゃ仲良くできればそれにこしたことはないんですが

    「友だちや彼氏彼女から、『実は私、部落やねん』とか『実は俺在日やねん』とか『実は俺ゲイやねん』とかカミングアウトされたらどうする?」って聞くと、たいていの学生は「そんなの関係ないよ、ひとりの人間として好きだよ」って言っちゃうみたいで、「それ言うたらあかんよ」って言うとみんなびっくりする。 「ゲイだろうが何だろうが関係ない、人間として」っていう言い方は、せっかく勇気を出してカミングアウトした問題に関して「関係ない」って言っちゃうってことだし、とか、部落に対する自分自身の差別意識を変えないまま目の前のそいつだけ特別扱いするだけのことにしかならん、とか、まあこういう話はわれわれの業界ではわりとよく語られる定番の話になってるんですけども、そういうのがまたカミングアウトを無効化する暴力にしかならんのやわ、というと、学生たちはみんなへー、ってなって、わりと最後のレポートでもこのネタで書いてくるやつが

    lotus3000
    lotus3000 2010/03/12
  • 日本は小さな島国か sociologbook | 2010/02

    というわけで事務的な締め切りは今日であるが(笑)、やっと採点の祭典を始めたのである。日の3大祭りとは、ヤマザキ春のパン祭り、東映まんがまつり、花王ヘアケア祭りである。これに全国の大学でいっせいにおこなわれる採点の祭典を合わせて、日の4大祭りという。「エスニシティ論」などというマイナーな講義に毎回100名を超える学生どもが履修しに来ていて、今年は120名だったが、これはだいたい学科の一学年の半分以上が履修していることになるのである。日の大学は不思議なことに専任教員になると採点する枚数が減るということになっており、俺が関大や関学や龍大や大阪女子大など、6つの大学で非常勤講師をしていた4年前などは、採点の祭典のたびに500〜600名分のテストやレポートを採点していた。ムキになる性格なので怪しいやつはとことんググってパクリを調べるとかしていたら当に1ヵ月は他の仕事は何もできないほどだったが

    lotus3000
    lotus3000 2010/02/03
    まわりがヨーロッパ程度の国の集まりなら、なんとかなるけどね。でかすぎる国が3つもあれば不安に押しつぶされそうだ。しかもどの国と同化しきれない。
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