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ブックマーク / pax.moo.jp (3)

  • 選択肢を増やして悪循環から意識を逸らす | 社会不安障害と向き合う

    私の過去は社会不安障害(SAD)特有の様々な悪循環で満ちていた と以前書いたが、社会不安障害の悪循環というやつは極めて強力である。 悪循環が生じたと気づく前に自動的に嵌っている。特定のトリガーに対する反応がひとつしかなくて、例えば「電話」に不安がある場合、 電話が鳴る(トリガー)⇒ダメだ、喋れない、電話を取らず無視しようと思う(特定の反応) 電話をかけねばならない状況(トリガー)⇒恐ろしいので先延ばし(特定の反応) 人前で喋らねばならない状況(トリガー)⇒また不安発作が起きるに違いない(特定の反応) というふうに、トリガーに対する決まった反応へと流れていく。別の反応へ向かわない。もちろん、現実における不安場面は毎回微妙に異なるためトリガーも微妙に異なる様相を呈する。が、多少トリガーが異なっても、反応は変わらない。 震えて全然喋れなかった 震えつつも意図は伝えられた どちらでも、いつもの「大

    選択肢を増やして悪循環から意識を逸らす | 社会不安障害と向き合う
  • 場面緘黙症を発症した日のこと | 社会不安障害と向き合う

    幼稚園初日。その日、年少クラスで実施された活動はなんとフリータイムであった。そして私が場面緘黙症を発症したのはそのとき、つまりそれ以来話せなくなった。 正確な意味での幼稚園初日である入園式はクリアできた。ごく普通の子供の顔をして写っている入園記念写真がある。入園式のことは憶えていない。入園式では親と行動していたせいだろうか、不安を感じなかったために記憶にないのだろう。 だが、あの登園初日のフリータイムのことは今でも鮮明に憶えている。なんと初日から場面緘黙児の多くが苦手とする集団活動のひとつ――自由行動が課されたのだ。 普通の子供にとっては、幼稚園や学校の自由時間、休み時間は、最も楽でうれしい活動時間のようだ。しかし、私にとっては、何も決められていない不確実な状況は、最も苦手とするものであった。タスクが決められていればそれをこなせばいい。だが、フリータイムに放たれると、混乱する。たぶん、普通

    場面緘黙症を発症した日のこと | 社会不安障害と向き合う
  • イメージ修正再処理療法とトラウマの処理 | 社会不安障害と向き合う

    小学校4年生のときのことだった。 放課後、同じクラスの友達ふたりが家に遊びに来た。しばらく遊んだ後、そのうちのひとりの家へ移動した。 「みんなでお料理しようよ」 そう言って、友達レシピを出し、作る料理を決めた。その料理が何だったのかを私は憶えていない。 憶えているのは、そのレシピの材料欄に 「水カップ8分目」とあったこと。 水カップ8分目を鍋に加えるということだった。ところが、友達ふたりは、「8分目」という部分で少し考え、相談した後、コップを取り出し、そのコップに水を入れた。 次に居間へ向かい、壁に掛けられた時計を見た。「今から、8分目だね。8分経ったら、お鍋に入れるんだね」 ふたりは、キッチン台に水の入ったコップを入れ、立ち話をしている。8分もあるのだ。喋っていなければ退屈だ。 どうしよう。 言わなければ、私達は8分間、無駄に過ごすことになる。それだけではない。コップ1杯の水は、カッ

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