『カルチョ2002』 3月号 掲載 破談に終わった本田圭佑のラツィオ移籍。ラツィオが本田の獲得に最後までこだわった理由、移籍交渉が合意に至らなかった訳、現地でその動向を追い続けたイタリア人記者がその真相を語る。 Text by Alvaro MORETTI Translation by Minato TAKAYAMA Photo by Getty Images 2001年の春、ローマの一員としてスクデット獲得を体験した中田英寿の後継者と言える日本人ジョカトーレが、同じ“永遠の都”のライバル、ラツィオに移籍する──。このところのラツィオの好調ぶりも重なり、本田圭佑の動向はイタリアでも大きな関心を集めていた。 当然、日本でもこの移籍の行方は大きな話題となっていたことだろう。南アフリカ・ワールドカップとアジアカップでの成功を契機に、ヨーロッパで活躍する日本人選手は急増している。だが、本当の