当時としては珍しいハイビジョン映像だと思われます。
ニコニコ動画が2006年のサービス開始から今日で15周年を迎えた。 そんな記念すべき今日、ニコニコ動画が産声を上げたのとほとんど同じ時期から15年間、毎週欠かさずニコニコ動画に動画を投稿し続けているとある集団をみなさんにご紹介したい。 彼らが手掛けているのは、「週刊ニコニコランキング」というニコニコ動画で注目を集めた動画をランキング形式で紹介する動画シリーズだ。 なんとこのシリーズ、ニコニコ動画が好きなごく普通のユーザーたちが有志で集まって独自の分業体制で作った非公式のランキングであり、15年間毎週投稿され続け第1号から数えて第760号を達成している。 今ではニコニコ動画の歴史資料と化している「週刊ニコニコランキング」はどのようにして誕生したのか? 毎週欠かさず動画を投稿している分業体制とはどのようなものなのか? サービス開始からニコニコ動画を記録し続けているユーザーの目にはニコニコ動画は
120年前までは人類未踏の地。地球上で最後に発見された場所はどこ?2016.11.12 17:0522,628 Rina Fukazu 人類は約20万年前にアフリカで誕生したとはいうけれど...。 まだ飛行機も地図もない時代、世界中の国や地域がいつどのように発見されたかご存知ですか? いまでこそインターネットでさくっと検索したり、飛行機でひとっ飛びしたり...約74億人の人々が生活するこの広い地球を探索する手段は豊富にありますが、その一方で何十万年前の人類の化石を調べると、アフリカから近隣の国々、そしてアジアへ、何千年もの時をかけて次から次へユニークな順序で大陸や島が発見されたことがわかります。 たとえばヨーロッパよりも日本のほうが早く見つかったり、オーストラリアが発見されてからニュージーランドが見つかるまで4万年以上かかったり...授業で習わなかった切り口で世界中の国々が発見された歴史を
未組立プラモ写真家。稀に組む。山登る。からぱたへのお問い合わせ、文章・写真・DJ・飲酒のオファーはTwitter @kalapattar からどうぞ
明治45年に探検家の白瀬矗(のぶ)中尉が日本人として初めて南極大陸に上陸した際に撮影されたフィルムが、このほど最新のデジタル技術を用いて当時の姿に修復されました。 修復を終えたフィルムは46分間で、汚れや傷が取り除かれ輪郭が鮮明になっているほか、初期の白黒映画で一般的だったフィルム全体にオレンジ色や青色の着色を施した部分についても当時の色が復元されています。フィルムには、南極に上陸する探検隊の姿や、当時の日本人には珍しかったペンギンの群れなどが映っていて、白瀬中尉は帰国後、探検のために負ったばく大な借金の返済のため全国でこの映画を上映して回ったということです。 フィルムセンターのとちぎあきら主任研究員は「南極探検は明治時代の人たちの冒険に対する憧れを実現した一大イベントだった。修復されたことで、当時の人たちがこの映画を見てどんな感銘を受けたのか知ることができると思う」と話しています。 フィ
滋賀県が進めている石田三成とのタイアップ「石田三成×滋賀県」が、石田三成本人のCM動画をYouTubeに公開しました。しかしこの動画、石田三成の魅力を紹介することが目的のはずですが、びっくりするほどやりたい放題なとんでもない内容と話題になっています。 石田三成CM<第一弾> 動画開幕、小学生ぐらいの子どもが腕を組みながら「武将なんてどれも同じでしょー?」と憎たらしい感じで述べると、「武将と~言えば三成~♪」と昭和感漂うBGMとキラキラな背景をバックに石田三成の肖像画が登場。さらに「イチ・ゴー・ロク・ゼロ・滋賀県生まれ~♪」と通販番組の電話番号をBGMに乗せた感じで生まれた年と出身地を紹介します。なん……だこりゃー……。 武将なんてどれも同じでしょー? 武将と~言えば三成~♪ イチ・ゴー・ロク・ゼロ・滋賀県生まれ~♪ そもそも、「武将なんてどれも同じでしょ」と思っている人は、あまりいないと思
ビルゲイツ、ポール・アレンに次ぐ3番目の役員はなんと日本人だったということをご存知だろうか。マイクロソフト米国本社の副社長を務めていた西和彦氏(59)がホリエモンチャンネルに出演し、ビルゲイツと喧嘩して大損した話を披露した。 マイクロソフトがまだ大きな会社になる前、早稲田大学の学生だった西和彦氏は大学の図書館でマイクロソフトのことを知り、ビルゲイツに直接会いにいった。 親睦を深めた後、マイクロソフトの日本代理店としてアスキー・マイクロソフトを設立。二人三脚で事業を拡大していき、上々する際に株式をもらう約束をしていたが、ビルゲイツと喧嘩してしまいあえなく離散。今でいえば6000億円もの株式をみすみす手放してしまったことになる。 「俺は馬鹿だったんだよ。10年間惜しいことをしたなぁと後悔したよ…」 堀江貴文「何で6000億もの株がもらえる状態だったかというと、西さんがすごく重要なことをやってい
「雪国」や「伊豆の踊子」などの作品で知られる作家、川端康成のカラーのフィルム映像が見つかりました。 フィルムでは、互いに尊敬し合っていた詩人のサトウハチローが川端の文学についての詩を朗読していて、関係者は「生前、唯一出演したテレビコマーシャルの未放送の部分などではないか」と話しています。 映像が見つかったのは東京に本社がある映像制作会社の倉庫で、カラーの35ミリフィルムに5分ほどの映像が記録されていました。 映像には作家、川端康成が神奈川県鎌倉市の自宅の庭で盆栽を眺めたり、書斎で執筆したりする様子が収められています。 また、「リンゴの唄」などで知られる詩人、サトウハチローが川端の文学について書いた詩を「ほかの人が持っていないすがすがしい空気で出来ている」などと読むナレーションが収録されています。 川端康成に関する資料を保管している「川端康成記念会」によりますと、川端のカラーの映像は珍しく、
飛んでくる矢にこちらが放った矢を当てて撃ち落とす。アニメや映画ではそんな人間離れした技術を持つ達人がしばしば登場しますが、本当にその技術を身に着けてしまった男性の動画がYouTubeで話題になっています。 達人技を披露したのは、かつての戦争で実際に使用されていた弓矢の技術を研究しているラース・アンダーソンさん。慎重に的を狙ってその正確性を競う現代のアーチェリーとは違い、動き回る敵を自分も動きながら素早く撃つ実戦的な弓矢技術について考察し、訓練によって身に着けています。アンダーソンさんにとって壁を走ったり、ジャンプしながら的を射抜くことなど朝飯前。空中に放り投げた小さな空き缶のプルタブすらも一瞬の早撃ちで見事に射抜いてしまいます。 壁蹴りダッシュで素早く2本の矢を連射 ひょいっと放り投げた空き缶やプルタブも一瞬で射抜きます アンダーソンさんは以前から弓矢の達人として知られていましたが、鍛錬を
どうも、服部です。昭和30年代を舞台にした映画「ALWAYS 三丁目の夕日」や、その続編「ALWAYS 続・三丁目の夕日」の頃は本当に良い時代だったのか、当時のニュース映像で検証した前回記事「『これ本当に日本?』と驚く昭和30年代の日常まとめ1」の続きです。 前回記事では、鉄道事情・道路事情・タクシーやトラックの運転マナー事情を見て、交通事情に関していえば、昭和30年代は良い時代ではなかったかもしれないと結びました。 今回の記事では昭和30年代の住宅事情、治安、衛生面について書きたいと思います。 ●【住宅事情】引っ越したいけど引っ越せない、超格差な住宅事情(昭和31年) 「大都会を空から眺めますと、立て込んだ家の間にアパートの集団住宅が目立つようになりました」というナレーションでニュース映像は始まります。田んぼや畑が広がっていて、現代に生きる者には、ちょっと大都会には思えませんが……。 団
どうも、服部です。昭和30年代を舞台にした、2005年上映の映画「ALWAYS 三丁目の夕日」や、その続編で2007年上映の「ALWAYS 続・三丁目の夕日」を観て、「いい時代だったんだな~」なんて思った方も多いんじゃないでしょうか。一方で、「『あの頃はよかった』は全部ウソ!」というキャッチコピーが付いた、2012年発行の「ALWAYS 地獄の三丁目 本当は怖い昭和30年代」という本が出版されていたりします。 実際にはどんな時代だったんでしょうか。残念ながら著者はそのころにはまだ存在していませんので、YouTubeで動画を探してみました。すると……、あったあったありました、結構アップされているもんですね。ということで、今回はニュース映像にみる、昭和30年代の日常をまとめてみました(それにしても、昔のニュース映像の音楽って、なんかオドロオドロシいですよね)。 ●死の覚悟が必要そうな通勤列車(
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2014057572SA000/ 【無料】Nスペ 映像の世紀 4 ヒトラーの野望 人々は民族の復興を掲げたナチス・ドイツに未来を託した 語り(語り手) : 山根基世 テーマ音楽 : 加古隆 20世紀、最も巧みに映像を利用して大衆の心をとらえた権力者ヒトラー。国家がプロパガンダ映画を使い世論をリードした1930年代。ナチスが自ら制作した映像を通して、ヒトラーが熱狂的支持を得た背景や戦術を探ります。大恐慌からの再建に苦しむアメリカ、資本主義社会への優越性を宣言するソ連、満州国の建設に踏み出した日本の姿を織り込みながら世界を戦争に巻き込むナチス・ドイツの狂気への道を映し出します。 1995年放送 (C)NHK この番組についてのご注意 9月28日以降に視聴を開始しますと、マイページのマイコンテンツ内「購入済み(視聴期間内)の番
『懐かし映像。昭和61年の秋葉原 Akihabara 1986 』 といった動画をはじめ、過去に懐かしい日本の映像を何度か紹介した事がありますが、今回紹介するのは 『(HD)1992年の東京の日常風景』 という動画。内容よりも高画質に驚きました。この時代にしては珍しいハイビジョン映像だそうです。映像が綺麗なせいか古さをあまり感じさせないなと思いました。 (HD)1992年の東京の日常風景 1 ※HD画質で再生するには、プレイヤーのチャンネル品質を 720HD にしてください (HD)1992年の東京の日常風景 2 おまけ:1990年のお台場 海浜公園 31件のコメント 画質やばいな。 Posted by 匿名 at 2012/06/28 21:05 返信 ほー。当時にもこんな映像技術があったんだね Posted by 匿名 at 2012/06/28 21:08 返信 アナログ以上地デジ以
今日からTwitter始めました。 sweetかず @win95flash 制作者のTwitter @win95flash 2013.3.27 更新 起動時のロゴのアニメーションを修正しました。 2006.1.31 更新 ベクターでFlashをダウンロードできるようにしました。 Windows95Flashをベクターからダウンロード 2005.12.9 更新 ワードとエクセルの追加と微調整をしました。 2005.12.2 更新 パソコン起動時のメモリーチェックを追加しました。 2005.12.1 更新 Office95をインストールしてFlashにブリーフケースやワード、エクセルなどの アイコンやメニューを追加しました。 2005.11.30 更新 Flashを10年前のパソコン風にしました。 変更点はDOS/VからPC98、ブロードバンドからダイヤルアップ、IE5.5からIE3 うちのサ
2001年9月19日未明。ゴノレゴシリーズ「吉野家」公開。それは一夜にして爆発的な反響を起こし、5年後には日本を代表するメディア芸術として文化庁の公認を得るに至ったという・・・そして時は流れ。動画上映イベント「FRENZ 2011」開催。その深夜の部、ポエ山がゲストとして登場した日時。2011年9月19日0時。実に、「吉野家」を制作していた時間からきっかりちょうど10年。この奇跡的な日付の一致から、この作品は生まれた・・・この作品は第一回FLASH BOMB「そんなことより、注意事項~楽園」(sm104962)へのオマージュにもなっています。音楽はElysium Plusのポエ山によるリミックスポエ山マイリス mylist/26519173
Appleが1987年に予想した未来が18日遅れで実現されてる。(動画あり)2011.10.05 20:307,962 1987年にAppleは将来のコンピュータのあり方についての動画を作成しています。それが昨日発表された、iPhone 4Sそのものなんです。しかも、この動画、2011年9月16日という設定。プレゼンは10月4日だったので、そのズレはたったの18日! すごい。 1987年、当時のCEO、John Sculleyは、Knowledge Navigatorというコンセプトを打ち出しました。それは当時としては、とっても斬新なものでした。でもみなさんご存知の通りKnowledge NavigatorはSiriという形で実現することが発表されましたね。もちろん、Siriはビデオに出てくるみたいな蝶ネクタイをつけた男性ではありませんでしたが。 Appleが24年前に構想していたことを実
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