門野(かどの)、御存知(ごぞんじ)でいらっしゃいましょう。十年以前になくなった先(せん)の夫なのでございます。こんなに月日がたちますと、門野と口に出していって見ましても、一向(いっこう)他人様(ひとさま)の様(よう)で、あの出来事にしましても、何だかこう、夢ではなかったかしら、なんて思われるほどでございます。門野家へ私がお嫁入りをしましたのは、どうした御縁からでございましたかしら、申すまでもなく、お嫁入り前に、お互(たがい)に好き合っていたなんて、そんなみだらなのではなく、仲人(なこうど)が母を説(と)きつけて、母が又私に申し聞かせて、それを、おぼこ娘の私は、どう否(いな)やが申せましょう。おきまりでございますわ。畳にのの字を書きながら、ついうなずいてしまったのでございます。 でも、あの人が私の夫になる方かと思いますと、狭い町のことで、それに先方も相当の家柄なものですから、顔位は見知ってい