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2011年3月5日のブックマーク (4件)

  • 工場夜景クルーズ(川崎・横浜) | 旅プラスワン

    ●SEABASS ACE/ZERO号で行く工場夜景!~まるでSFのような不思議な光の世界~Kawasaki factory night view☆

  • エマニュエル・トッド - Wikipedia

    エマニュエル・トッド (Emmanuel Todd, 1951年5月16日 - ) は、フランスの人口統計学者、歴史学者、人類学者[1]。学位はPh.D.(ケンブリッジ大学・1976年)。研究分野は歴史人口学、家族人類学。人口統計を用いる定量的研究及び家族類型に基づく斬新な分析によって広く知られている。フランスの国立人口学研究所に所属していたが、2017年に定年退職した[2]。2002年の『帝国以後』は世界的なベストセラーとなった。経済現象ではなく人口動態を軸として人類史を捉え、ソ連の崩壊、英国のEU離脱や米国におけるトランプ政権の誕生などを予言した。 エマニュエル・トッドは、フランス人作家のポール・ニザン(1905-1940)の娘アンヌ=マリー(Anne-Marie、1928-1985)[3][4]と、ジャーナリストのオリヴィエ・トッド(フランス語版)(Olivier Todd)の息子と

    エマニュエル・トッド - Wikipedia
    morutan
    morutan 2011/03/05
    家族からみた歴史→政治・経済。公共性の構造転換の下部構造としての家族、の可能性  http://togetter.com/li/130095
  • 日本人はなぜクトゥルーを怖がらないのか : 族長の初夏

    最近、ちまちまとラヴクラフト全集を再読しているのですが、あらためて強く意識させられるのが、恐怖感についての日米文化の違いです。たとえばラブクラフトがさも自明のごとく使う「冒涜的」という表現の、いったい何がどう冒涜的なのか、まるでぴんとこないこと。また、クトゥルーや南極の〈古きもの〉がさほど怖いとも思えず、それどころか、むしろちょっとかわいいじゃん。などと愛着に近い感情すらおぼえてしまったりすること。こういった反応、恐怖の感じ方がひどく違うことについて、どこまでが個人の感性でどこまでが文化の差異によるものか、きちんと切り分けができたら面白かろうなあ、と思いながら読んでいます。 ラブクラフト作品での「冒涜的」という形容は、宗教上の教義と相容れないものごとだけでなく、普通でない、なじみがない、理解できない、ありえない、と語り手が感じる対象ことごとくに向かってつかわれます。キリスト教文化圏では、何

    日本人はなぜクトゥルーを怖がらないのか : 族長の初夏
    morutan
    morutan 2011/03/05
    「クトゥルー怖がるのはキリスト教的な唯一神の反証だから、その辺の感覚が日本人にはないからでは?」ってことだけど日本教的には「人間」あたりかな。あとクトゥルフ話題なのに @sivad がさんが感知してないようだ
  • ソラノートとカメラの透明性とか公平さとか。 - Film Goes with Net

    めがねおうさんとフランチェス子さんとの炎上騒ぎの件をソラノートのあさのニュースが取り上げたことでちょっとした騒ぎになっていますね。

    ソラノートとカメラの透明性とか公平さとか。 - Film Goes with Net
    morutan
    morutan 2011/03/05
    非モテタイムズうんぬんについてはどうでもいいんだけど生ジャーナリズムについて前にちょっと考えたな。ジャーナリズムにおける「完全客観はない」と「ネットの時代なのでソースとして提出の可能性もあるのでは?」