2011年(平成23年)3月11日、東京電力(東電)が運転する福島第一原子力発電所は東北地方太平洋沖地震により被災し、炉心溶融・水素爆発・放射能漏れ事故を起こした。JERAの元になる構想はこの事故の直後からあった[7]。それは、東電の可児行夫(現・JERA会長)、見學信一郎(後の東京電力ホールディングス常務執行役)、関知道(現・東京電力ホールディングス常務執行役)ら「チーム希望」と称する若手社員たちが提言したもので、東電から原子力部門を事故の責任と一緒に切り離し、東電本体は民間の自由な火力発電会社として生き残るという東電解体案であった[8]。この提言は当時の東電会長・勝俣恒久の怒りを買い、可児はオーストラリアの現地法人に左遷された[8]。 2012年(平成24年)、東電の経営破綻を回避するために設立された原子力損害賠償支援機構(原賠機構。現・原子力損害賠償・廃炉等支援機構)が東電に1兆円出
