松下金融相は東京都江東区東雲(しののめ)の自宅マンションで首をつった状態で見つかっており、関係者によると、自宅には野田首相、藤村官房長官、閣僚、妻宛ての4通の遺書が残されていた。一方、12日に発売される週刊新潮で、松下金融相の女性問題を報じる記事が掲載されることがわかった。記事には松下金融相のコメントも掲載されている。週刊新潮編集部は「亡くなられたと聞いて驚いています。心よりお悔やみ申し上げます」とコメントしている。
昭和58年1月9日早朝、自民党のニューリーダーといわれていた中川一郎氏が急死した。札幌のホテルでのできごとで、初めは「心筋梗塞」とされた。数日後正式に「自殺」と発表されるまで、同僚の政治家、マスコミの誰もが病死であることを疑わなかった。 ▼「政治家は自殺しない」という定理のようなものが信じられていたからだ。A級戦犯として出頭する朝、服毒した近衛文麿ら特殊なケースを除けば、何かに悩んで自ら命を絶った政治家は憲政史上見当たらない。精神的にヤワであってはつとまらない職業とみられていたのだ。 ▼昭和30年の保守合同を仕上げた三木武吉は政敵から「愛人を5人も囲っている」と下半身攻撃を受けた。すると「いや違う。6人だ」と動じなかったという。自民党幹事長などをつとめた川島正次郎はどんな難局でも、口笛を吹きながら政界を遊泳していた。 ▼そうした政治家像があまりに強かったせいでもあった。だが中川氏も「北海の
松下忠洋金融・郵政民営化担当相(73)=国民新党=の突然の死は各方面に衝撃を与えた。女性スキャンダルの記事掲載直前に自殺を図ったとみられるのもショッキングだが、金融行政に与える影響も大きい。証券大手が関与するインサイダー取引の摘発に力を入れていた松下氏の不在で、金融庁職員からは「後ろ盾がなくなってしまった」と嘆く声も出た。 松下氏は10日午後、東京都江東区のマンション27階の自宅で首をつった状態で見つかり、搬送先の病院で死亡が確認された。室内から「密葬にしてくれ」などとする首相、閣僚、妻あての計3通の遺書があり、警視庁東京湾岸署は自殺とみて調べている。現職閣僚の死亡は自民党政権下の2007年、安倍内閣(当時)の農相だった松岡利勝氏の自殺以来。 関係者によると、松下氏をめぐっては、12日発売号の「週刊新潮」が約20年間交際していた女性の存在を指摘する予定で、最近、松下氏と女性の間で別れ話
松下忠洋金融・郵政民営化担当相の死去を受け、政府は11日、安住淳財務相を金融担当相の事務代理に充てることを決めた。緊急措置とはいえ、民主党が野党時代に声高に訴えてきた財政運営と金融行政を分ける「財金分離」はどこへやら。民主党の節操のなさをまたも露呈した。 安住氏は11日の記者会見で「金融システムの安定、利用者の保護など金融庁の任務を果たすべく、指揮していきたい」と述べた。 だが、民主党は野党時代の平成20年3月、元財務事務次官の武藤敏郎日銀副総裁(当時)を総裁に昇格させる人事案に「財金分離の観点から問題がある」との理由で反発し、総裁が一時空席となる異例の事態を引き起こした過去がある。 そうかと思えば、今月5日に公表した次期衆院選マニフェスト素案では、円高・デフレ脱却策として「日銀・政府間でのアコード(政策協定)」との項目を挿入。もはや融通無碍としか言いようがない。
民主党代表選が10日、告示され、自民党総裁選もせまり政局が混迷を深めるなか、国民新党出身の松下忠洋金融・郵政民営化担当相(73)の自殺の報が駆け巡った。郵政民営化法案に反対した“武闘派”の側面もあった松下氏。今週発売の週刊誌に約20年交際していたとされる女性の記事が掲載される予定だったという。現職大臣の突然の死と関係はあるのか。各方面に動揺が走った。 「しっかりやっていくからな」。松下氏は8、9日に地元の鹿児島県に戻り、懸案の日本郵政の幹部人事について、こう意気込みを語っていたという。 国民新党鹿児島県支部の吉原範雄幹事長(75)によると、妻とともに地元入りし、薩摩川内(せんだい)、霧島両市で郵便局関係者のソフトボール大会などに顔を出した。吉原さんは「自殺するようなそぶりはまったくなかった。どういうことなのか…」と驚いていた。 松下氏は温厚な人柄で知られるが、武闘派の側面も。平成17
松下金融相が自殺か=東京 松下金融相が自殺か=東京 松下忠洋金融担当相が東京都内で死亡していたことが10日、警視庁への取材で分かった。自殺とみられるという。(2012/09/10-18:19)
今年6月、金融担当相に就任し、首相官邸で会見する松下忠洋氏閣議に出席するため、首相官邸を訪れた松下忠洋金融相=9月4日、仙波理撮影 松下忠洋・金融担当相(73)が10日午後4時45分ごろ、東京都江東区東雲1丁目の自宅マンションで倒れているのを妻が見つけ、119番通報した。松下氏は病院に運ばれたが、死亡した。警視庁は、状況から自殺とみて、詳しい状況を調べている。 松下氏は鹿児島県出身。京大農学部を卒業後、1962年に建設省(現国土交通省)に入り、砂防課長や砂防部長などを務めた。93年に自民党公認で鹿児島2区(当時)から衆院選に立候補し、初当選。2003年まで4選を果たし、その間、農水政務次官や内閣府副大臣などを歴任した。 05年衆院選で郵政民営化に反対して無所属で立候補し、落選。09年に国民新党公認で衆院議員に返り咲いた後、経産副大臣を経て、今年6月から郵政民営化・金融担当相を務めてい
松下忠洋郵政民営化・金融担当大臣が、10日夕方、東京・江東区の自宅で倒れているのが見つかり病院に運ばれましたが亡くなりました。 警視庁は、現場の状況などから松下大臣が首を首をつって自殺したとみて詳しい状況などについて調べています。 警視庁によりますと、10日午後5時前、松下郵政民営化・金融担当大臣が、東京・江東区東雲の自宅のマンションで倒れているのを松下大臣の妻が見つけて消防に通報しました。 松下大臣は病院に運ばれましたが、亡くなったことが確認されました。 松下大臣は、衆議院鹿児島3区選出の当選5回で、73歳。 旧建設省を経て平成5年の衆議院選挙に自民党から立候補して初当選しました。 郵政民営化の是非が争点となった前々回、平成17年の衆議院選挙では、郵政民営化に反対して、無所属で立候補しましたが落選し、前回の衆議院選挙で、国民新党から立候補し、復帰を果たしました。 警視庁は、現場の状況など
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