ぼくは、「政治的」な人も、「政治的」な議論も、大嫌いである。 けれどもそれは、「政治的である」ことがほとんどの場合、「ある立場を取る」こと、「その立場からものを言う」こと、そして「その立場へと人を誘導する(そして誘導されえない人を否定する)」ことと、同じだと思われているからであり、その限りにおいてである。 それに対し、本来の(アリストテレス的な)意味におけるポリティカル、つまりポリス的である、善を志向するという意味において「政治」というものを理解するなら、誰の、どんな行いも政治的であらざるをえず、美や芸術についての言明ですら、政治的でないものなどありえない。 それでは「政治的に中立」とは、いかなることだろうか? 教育においては「政治的中立」が求められると言われるが、それはどのようなことだろうか? どんな事柄について何を言おうとも、根源的な意味でそれは「政治的」なのだとすれば、「中立」などと