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石川さんのところに行ったときに「テクノロジーは世界をインターフェースする」という話を聞いたのですが、その元ネタがこれ、「Designing World-realm Experiences:The Absence of World "Users"(世界経験のデザイン_"世界"に"ユーザー"はいない)」。 書かれたのはリビングワールドの西村佳哲(にしむら・よしあき)さん(参考記事:リビングワールド:世界を感じるものづくり)。様々なデザイン活動でも知られていますし、最近では自分の仕事をつくるという本でも有名です。 で、西村さんが1999年に書いた文章。かなりシビレます。長い抜粋。 デザインとは、インターフェイスすることであって、インターフェイスをつくることではありません。私たちは、他の人々や生きている世界と接したいのであって、コンピュータなどの情報機器や、インターフェイスデザインと接したいわけで
打ち合わせ強化月間につき、簡単に。 IT Proのみなさん,プロマネになりたいですか?より 「プロマネ,プロマネとおだてられているけど,実態は『現場の便利屋』に近い。何の権限もないのに,トラブルの責任だけは負わされる。正直,『これじゃ,やっていられない』と思うことがありますよ」 <中略> これだったら技術だけに責任を持てばよいアーキテクトのほうがよっぽど楽に思える びびった。これが世の中の認識だとしたら、由々しき自体である。アーキテクトとPMをくらべて、どちらが楽と議論する時点で、かなりいけないことになっている。 ソフトウェア開発におけるアーキテクトの役割とは、「プロジェクトの構造(フレームワーク)を構築する」ことにある。家の建築家がライフスタイルの分析から家を立てるように、技術というのはビジネス目的の上に成り立っている。だから、どうしてもプロジェクト全体の構造を定義せざるを得ない。
きっかけは、「オブジェクトからサービスへ」というエントリに対して、通りがかりさんからコメントいただいたことだった。これまで、長い間、もやもやしたものを感じていたのだ。 オブジェクト指向の本を紐解くと、データと振る舞いをクラスにカプセル化すると書かれている。僕も疑問は、そもそも、それが正しいのか、つまり、データに振る舞いを持たせる必要性があるのだろうか?賢いデータは必要なのか?ということだ。 Javaでは、データと振る舞いの分離が進んでいる まず、現状として、Javaの世界では、データと振る舞いの分離が大きくすすんでいる。EJBにしても、EntityBeanとSessionBeanというのは、データと振る舞いの関係にあり、分割がよいこととされている。さらに、O/Rマッピングツールが流行するにつれ、データの保持クラスはPOJOとなった。一方、ビジネスロジックは、FacadeやServiceと
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