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三島由紀夫とこれはすごいに関するnasuhikoのブックマーク (3)

  • 三島由紀夫に学ぶおちんちんのお上品な言い方ベスト3 - Noblesse Oblige 2nd

    さて 先日以下のはてな匿名ダイアリーの記事を読んだ。 おちんちんのお上品な言い方を教えていただけませんか? どちらかというと大喜利のネタ元としての意味合いが強い投稿で、ブクマカたちが様々な呼び方を提案して大いに盛り上がっていた。 この増田に対して自分は以下のようにコメントした。 おちんちんのお上品な言い方を教えていただけませんか? 三島由紀夫のなんの小説かは忘れたけど、「擬宝珠」と表現されててなるほどなーと思ったことが。2017/08/13 06:58 自分は自他共に認める三島由紀夫マニアであり、このお題増田を読んだ瞬間に、かつて三島作品で読んだ「擬宝珠」の例えを思い出したのだった。 その他にも自分の記憶にあるものを探してみたところ用例がいくつか見つかったので、エントリで三島由紀夫作品に登場した「おちんちんのお上品な言い方」ベスト3を紹介したいと思う。 三島由紀夫マニアが行く自衛隊市ケ谷

    三島由紀夫に学ぶおちんちんのお上品な言い方ベスト3 - Noblesse Oblige 2nd
    nasuhiko
    nasuhiko 2017/08/16
    だいぶ昔に読んだのであやふやだが、倉橋由美子は「鳥の嘴」と表現していたような気が。みんなで各文学者バージョン作って欲しい。
  • 【2ch】ニュー速クオリティ:三島由紀夫の小学生の時代の作文ってさすがに捏造だろ?あんなの小学生が書ける訳ないしw

    「大内先生を想ふ」 ヂリヂリとベルがなつた。今度は図画の時間だ。しかし今日の大内先生のお顔が元気がなくて青い。 どうなさッたのか?とみんなは心配してゐた。おこゑも低い。僕は、変だ変だと思つてゐた。 その次の図画の時間は大内先生はお休みになつた。御病気だといふことだ。ぼくは早くお治りになればいゝと思つた。 まつてゐた、たのしい夏休みがきた。けれどそれは之までの中で一番悲しい夏休みであつた。 七月二十六日お母さまは僕に黒わくのついたはがきを見せて下さつた。それには大内先生のお亡くなりになつた事が書いてあつた。 むねをつかれる思ひで午後三時御焼香にいつた。さうごんな香りがする。 そして正面には大内先生のがくがあり、それに黒いリボンがかけてあつた。 あゝ大内先生はもう此の世に亡いのだ。 僕のむねをそれはそれは大きな考へることのできない大きな悲しみがついてゐるやうに思はれた。 平

  • 美輪明宏が語る「三島由紀夫と江戸川乱歩との出会い」

    2009年11月22日放送の「爆笑問題の日曜サンデー」にて、『27人の証言』コーナーで三島由紀夫の特集が行われていた。ゲストは美輪明宏であり、三島由紀夫との思い出を語っていた。 「昭和26年ですかね、終戦後です。私(わたくし)が長崎から歌手になりたくて国立の音楽学校に通ってたんです。でも、ウチが破産したんでアルバイトしなくてはいけなくて、銀座の4丁目の喫茶店で働いてたんです。それで、その2階がクラブだったんです」 「始めは女の人がたくさんいたんですけど、よそに引っこ抜かれて辞めてボーイばかりが残ってたの。綺麗なボーイさんばかりが残ってた。そこは、以前から有名人、知識人とか政財界の人たちが来ていて、そのままだったんですよ」 「それで、売り出し中で、知る人ぞ知るといった感じだった三島由紀夫さんが来ていて、出版社の人たち大勢に囲まれてきていた。でも、私は1階の喫茶店で働いてたから、関係なかったの

    美輪明宏が語る「三島由紀夫と江戸川乱歩との出会い」
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