電力不足で苦しんでいるとき、音楽家はたかが電気と言った。苦しむ人を人と思っていなかったから。 畜産農家が苦しんでいるとき、劇作家は冷淡だった。農家を人と思っていなかったから。 新型コロナ流行で公演ができなくなったとき、音楽家や劇作家のために声を上げるものは、誰一人残っていなかった。 — Dr. Hideki Kakeya (@hkakeya) April 27, 2020 これはなんというか。 いままで土木建築業を敵視し、電気などのインフラも軽視し、農畜産業を侮蔑し、あいちトリエンナーレで多くの人の心の拠り所を焼いて侮辱して「芸術だ」「自由だ」と開き直ってきた人たちの「高尚な」芸術が、今まで足蹴にしてきた人たちの気持ちにどこまで向き合えるか? が問われてくるのかもね。 今、どう振舞うかの胆力も、芸術関係者は試されているのかもしれない。 ぶっちゃけ内心がどうであろうと構わない。内心は当然、自
![現代アートは、「士族の商法」から脱却できるのか。|お酒が好きなかえるさん](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/783659f23d9e2933120f03afc489e96fe493b0c9/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fassets.st-note.com%2Fproduction%2Fuploads%2Fimages%2F14696221%2Fprofile_700af7a92b2daa789a7b8bc5f31e05e4.jpg%3Ffit%3Dbounds%26format%3Djpeg%26quality%3D85%26width%3D330)