「他人に迷惑をかける」なんて、自由自在に解釈できる。 「金髪に染めた大人は見ていて不愉快」 「若者が夜に遊び回るのは、子どもの教育に悪い」 「大手企業に就職をしなければ、親に心配をかける」 「スーツを着ないことは、取引先に不快感を与える」うん。すべて「迷惑」で解釈できる。これがまかり通るならば、いったい何が自由だというのだろうか? 本当に自由を求めるのなら、原則は次のようであるべきだと思う。 他人に迷惑をかけようがなんだろうが、自由。うん。最高だ。 そもそも、「他人に迷惑をかけない限り」という前提がおかしい。 なぜ、人は自由になった途端に、好き好んで他人に迷惑をかけると想定しているのだろうか? 僕は完全に自由になったとしても、他人に迷惑をかけたいとは思わない。 別に誰も殴らないし、何も盗まないし、そこそこ他人を思いやって生きていくと思う。 たいていの人は、僕と同じではないだろうか? (そり
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