ある年齢をこえた人との間では、 なかなか「死」だとか、「葬儀」だとか、 「墓」だとかの話題はタブーになります。 いわゆる「縁起でもない」というわけですが、 吉本さんとは、ずいぶんたくさん、 そういう会話をしてきた気がします。 遠慮したり、失礼と思ったりすることなく、 そういう内容の話ができてきたというのは、 ひとえに、吉本さんの態度が、 揺るぎなかったからだと思います。 「あるものは、そこにある」という具合に、 誰にも当たり前のこととして、 「死」の周辺のことを語ってきた。 じぶんが若かろうが、老いていようが、 「死」は「死」として同じように語るし、考える。 こういうところも、 まねしたいものだなぁと思ってきました。 ただ、やはり、目がますます不自由になってきて、 歩くのも困難になって、 ふつうに日常を送ることだけでも、 なかなか大変になってきているんだろうなぁ、 というような状況を目のあ
人類は文明の進展やエリート層への従属のために存在しているのではない。 (『アフリカ的段階について』1997年) ○「あまりに乱暴な素人の論理」 三・一一後、吉本さんは原発についての大衆の動向に注目している。 前述したように、「これから人類は危ない橋をとぼとぼ渡っていくことになる」(『思想としての三・一一』)では、代替エネルギーがない限り、原発は今後も必要と判断しているとの新聞アンケートの報告に、「それは悪くない傾向だと思いますね。そうではなくて、全部やめてしまえとなると問題だと感じます。事故があって危険なことは承知したけど、また被害を受けた人たちには原発はとんでもないものと思われているに違いないけれど、やはり便利で助かるものだという思いが残るだけの弾力性は消えないということでしょうね」と、おそらく安堵の念をこめて感想を述べている。 そして、たった一度の事故で原発をやめてしまえ、は「あまりに
子どもの発達状態について調べるうち、ピアジェの「発達段階」に行き着いた人は多いのではないでしょうか。ピアジェの発達段階論は、フロイトの「リビドー発達段階理論」、エリクソンの「心理社会的発達理論」と並ぶ、3大発達段階説のひとつ。大学の教職課程で学んだ人もいるでしょう。 スイスの心理学者ジャン・ピアジェ(Jean Piaget)は、子どもの思考は大人の思考と異なるとし、誕生~青年期の認知発達を「感覚運動期」「前操作期」など4つの段階に分類しました。ピアジェの発達理論では、各発達段階における子どもの特徴や、親にとって理解しにくい行動の意味が、わかりやすく解説されています。 ピアジェの発達段階は、「子どもの謎の行動にストレスを感じる」「子どもをサポートする方法がわからない」という悩みの解消に活用できる知識です。子どもの教育に関する知識を求めるみなさんに、ピアジェの発達段階を、おすすめの本や講座と合
(約4,000字) この記事は自由に価格を付けられます。https://paypal.me/ukiyojingu/1000JPY はじめに 3月9日、大学の研究室にHDDを返却してから、大学図書館で京都学派に関する新書を閲覧しようとしたら閉館日だった。私はそそくさと別の大学に足を向けるのだが、そちらも本日は閉館だった。居場所もなく京都市北部を彷徨いつつ、絶妙に遠い距離にある公共図書館に足を向けるのも面倒になった私はついに諦め、家に帰ってきたらもう19時だ。最近は外で活動することも多いだけでなく、花粉も酷いものだ。この時期になると、目を開けることもつらいものだ。そういうこともあってか、最近はSNSから若干デトックス気味であり、今日が3月9日で「ミクの日」であることも、ついさっき思い出したばかりだ。 自分が初音ミクの魅力に始めて気づいたのは「Tell Your World」あたりだったことはど
Kazuhiko Kato (加藤和彦) - Daisenjigakedaranayosa (だいせんじがだらなよさ)Country: JapanAlbum: Come To My Bedside (ぼくのそばにおいでよ)Released: 1969Genre: Folk, Folk Rock
1967年の夏に演劇実験室・天井桟敷にやって来た17歳の少女は、ゴーゴーダンス大会で優勝したというだけあって、踊る姿は劇団員のなかでひときは目立つものだった。 それを見た寺山修司は生まれついてのパフォーマー、そしてほんものの表現者だと直感したのかもしれない。 少女を「天井桟敷」のアイドルと定義してこのように書いた。 カルメン・マキには故郷がない マキは海からやって来た 十七才の野性の天使であり、詩を書く少女であり 「天井桟敷」のアイドルでもある 誰もマキの本名を知らない ――寺山修司 1968年2月に「時には母のない子のように」でデビューしたカルメン・マキは、天性の歌唱力と楽曲の力とでまたたくまにスターダムに祭り上げられた。 そして6月15日には早くもファースト・アルバムの『カルメン・マキ真夜中詩集 ろうそくが消えるまで』が発売になった。 歌のタイトルを読むだけで物語が紡ぎだされてくるよう
こんにちは。サークルクラッシュ同好会アドベントカレンダー11日目担当の藍鼠(@indigo_mou5e)といいます。投稿遅れてすいません。。。 中盤くらいならそれまでの流れを真似ることができる上に、なおかつトリのような重要度もないと思って11日目に登録したのですが、これまでの記事見てみると良い文章ばかりで恐縮してしまいますね。まあやっていきましょう。やっていく他ないので。 人に言うと自分の中でそういうキャラが固定化してしまいそうなのであまり積極的に語ることはしないのですが、僕は小学5年生~中学3年生までの結構長い間、不登校生活をしていました。ある意味で拗らせとも言えそうな(ホンマか?)期間とその影響について語ろうと思います。 小学4年生までの僕のクラスでの位置づけは面白くて優しく社交的な人間というものでした。当時からマイペースなところはあったのですが、”変”ではなく”面白い”行動としてとら
私は浪人を一年、留年を一年してもうじき二十四になる。バイセクシャルの男性で、京大に籍を置いている。学部卒業の見込みは立っていない。少なくとも来年は六回生として居座るつもりだが、その後どうなるのかはわからない。どうしたいということもないし、どういう選択肢があるのかもよくわかっていない。今の学部では学習への意欲はてんでわかないが、かといって辞めてしまう踏ん切りもつかない。学費だけはひとまず何とかなりそうなのをいいことに、のらりくらりと時間稼ぎをしている。 勉強というものにこれほど意欲がわかなかった経験はこれまでにないと感じているけれど、ときどき本当にそうだろうかと懐疑的になる。この歳になって今さら恨み言のようにこんなことを書き連ねるのも情けないが、大学に入るまでにしていた勉強は外圧に強いられていたものだったような気がする。私立の一貫校に通っていた中高時代は、自分では時期にもよるがそれなりに意欲
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