SONG | 16:38 | なんたる回帰。名護を離れて三年目になる。家族を養う飯の種である仕事を危険に晒し(というより投げ打ち)、火の粉を振り払っているうちに火達磨になり、気がついたらポイントオブノーリターンを超えていた。組織や集団が苦手なのに、よくぞがんばりましたと、自分をほめてあげる。やるだけはやった。もう向こうには私の仕事はない。離婚再婚し、名護を離れ新たな生活を始めた。しばらくは、ずっと名護の状況が気になり関心を持って見つめていたが、今年の初めに市長選挙で基地建設反対を(いつのまにか)明言する市長が誕生したこともあり、あまり名護に関する批判的考察および辛辣な物言いはやめにしようと思っていた(いる)。本日の新聞に、辺野古区が条件付容認というニュースが出ている。やっぱり名護は名護でしかない。市長選で勝利したからと浮かれ騒がず、状況のコンティニュイティをしっかりと把握し現状を分析し、と
SONG | 02:21 | 気分転換、少し諸々をいじる。ジーグイということばがある。文句たれみたいな意。最近の私は「ジーグイ派宣言」をしたい気分。ブログのタイトルを、ジーグイで考えた。いくつか候補を出したが、「おもろそうし」に対抗して「じぃぐいそうし」なるタイトルを考えた。ひらがなはなんかあまりにも不遜な気がして、生来のヘタレさが発揮され漢字をあてた。デザインは、はてなの公開デザインからインポートして、コメント欄などCSSを少しいじった。サイドバーのタイトル行間が気に入らないが、なおす余裕がないので放っている。ジーグイ乱射私のジーグイは多岐にわたるが、極私的なものを除けば、ほとんどがやはり政治社会的な問題である。なんで十年余も反対に遭い続けたプランを見直して、拡大し沖縄に押し付けることができるのか。この国の「政治」は陳腐で醜い。民主主義など、西洋で生まれた制度概念でしかないだろうが、少な
SONG | 14:29 | なんだか、いつのまにか春になっている。平日だけど休日。台所を片付け洗濯機を回す。洗濯し終えた服たちをベランダに干していると、光の具合と風の薫りが昨日までと違うことに気付く。嘉数高台に白い雲が浮かんでいる。1945年三月の嘉数の空を思う。地獄の四月を誰が予測しえただろう。沖縄の春は長くはない。あっという間に夏が追い抜く。もう過ぎ去った冬に戻ることはないだろうが、また来る冬が消えたわけではない。日々の暮らしは、凡庸な繰り返しの中で、少しずつ変化していく。それを成長と呼ぶのか、私は知らない。今朝の朝刊では、沖縄の二紙とも一面トップで、辺野古への新基地建設現行案が日本政府により断念されたことを報じる。しかし、辺野古陸上案に、ホワイトビーチ、与勝半島、津堅島だって。エルドリッジや沖縄市商工会の大田テイハン氏が90年代から言って来た事柄である。(大田氏などは名護市の軍民共
SONG | 13:06 | ひとを傷つけたいな、だれか傷つけたいな。だけどできない理由はやっぱりただ自分がこわいだけなんだな。日々の暮らしのちょっとした裂け目から、染み出てくる狂気が、やがて世界そのものになっていく手前で踏み止まっているようでいて、狂気そのものとなっているような世界。窓の外ではリンゴ売りの声がする。陽水ってば、カッコイイ。その日その日の風の工合いでこのごろは「彼は昔の彼ならず」ということばをおもいだした。映画だったか、なんかのアフォリズムの一説だったか、太宰治の小説だったか、そんなことはどうでもいいじゃないか。どうでもいいといえば、dazaiと入力して変換すると堕罪が出てきた。どうでもいい。ふつうの凡夫を、なにかと意味づけて夢にかたどり眺めて暮して来ただけではなかったのか。竜駿(りゅうしゅん)はいないか。麒麟児(きりんじ)はいないか。もうはや、そのような期待には全くほとほ
SONG | 13:54 | 沖縄にも冷たい風吹く冬が来た。「年内決着」などと騒がれ、緊張する日々が続いたが、とりあえず最悪は回避できた。この間、いろんなことを考えた。少し整理するために時間が必要かもしれない。幸い、「年内」は消えたので時間はある。態勢を立て直すこともできる。あまりイデオロギーめいた主張や、賛否が分かれそうな事柄については言及するのを控えてきたが、それも議員だったりなにかの代表だったりしたときからの慣習でしかない。臆病だから間違うことを恐れているが、個人的意見など、できるだけ明確に断言したほうがいいのだろう。在日米軍はすべて本国に撤退させるべきである。米国の核の傘など断るべきである。おそろしくてかなわないというなら、憲法改正の国民投票をすべきである。まっ、これぐらいはいつも言っているみたいなもんだが、あらためて断言しておく。1は、この間の県外移設云々のゴチャゴチャをみていて
SONG | 15:51 | 沖縄は風の島である。ここんとこ、暖かくなったり寒くなったりを繰り返す日々が続いていたが、今日は急に風が冷たくなり、なんだか沖縄も急速に冬に近づいた。強い季節風は、夏場は暑さを和らげてくれるが、冬は体感温度低く寒さが身にしみる。ニンガチカジマーイ(二月風廻り)カーチベー(夏至南風)マフェー(真南風)ミーニシ(新北風)風には名前がある。ついでだから方角の名前をいうと、東はアガリ、西はイリ、北はニシ、南はフェー(先島方面ではパイ)。沖縄島の中でも、言葉は様々に変化しているから、ここで書いた通りではないと思うけど。あぁ、沖縄の民俗談義をしている場合ではないのであった。とてもいやな状況になってきた。このままではいけない。ひとりで焦っていてもしょうがないので、気心の知れた仲間に声をかけて集まってもらうことにした。まずは今晩、四人(麻雀じゃないよ)で話し合い。アメリカと沖縄
SONG | 17:01 | 道草ばっかり喰ってるついでに、もうひとつ横道をのぞいてみる。0なかなか前に進めない。前にどころか、後ろにも横にもどこにも進んでない。世界はディストピアでしかないと憂鬱に浸るほど無垢でもなく、自爆テロするほど純情でもない。月に一度は部屋の片付けをして、散らかし放題にして、にっちもさっちもいかなくなって、また月に一度の片付けをする。まるでシシューポスの神話のようだと笑う。「あまりにもちんけな巨大な岩だ」神々は人の身の丈にあった岩を与えたもう。「それにしてもちんけだ」とつぶやく。レイシストが差別し排斥する行為と、そのレイシストを温かく見守る「愛」あふれる行為。「愛」は差別し排斥する。あふれる「愛」サイバー空間をうろちょろする。同時並列的に存在する悪意と悪行と、善意と悪行をみる。善意あふれる悪行の根本原理は「愛」。またもや「愛」である。人はなんという不可思議な生き物な
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