古代文明に関するnyaho7のブックマーク (27)

  • 「最古のコンピューター」発見の難破船、最新機器で調査開始

    ギリシャの首都アテネ(Athens)の国立考古学博物館(National Archaeological Museum)に展示されている、「アンティキティラ島の機械(Antikythera Mechanism)」の一部(2014年9月14日撮影)。(c)AFP/LOUISA GOULIAMAKI 【9月17日 AFP】紀元前2世紀に製作され、世界最古のコンピューターと称される「アンティキティラ島の機械(Antikythera Mechanism)」が見つかった難破船を、革新的な次世代型潜水服を使って調査する考古学プロジェクトが15日、エーゲ海(Aegean Sea)で始まった。 クレタ(Crete)島とペロポネソス(Peloponnese)半島の間に位置するギリシャ領の小島アンティキティラ(Antikythera)島の沖合で1900年、海綿を採取する潜水士たちによって発見された「アンティキテ

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  • 【動画あり】古代文明での宇宙人の存在を示す検証がスゴすぎワロタwwwww | 不思議.net

    1:不思議.net管理人:2013/12/10(火) 17:55:43.55 ID:fusiginet 皆さん、こんにちは! 最近、白身魚フライ定にハマっている不思議.net管理人です! youtubeを見ていて面白い動画を見つけました! 古代文明に登場する宇宙人を検証するシリーズです。 このシリーズのコンセプトは『地球上での宇宙人の存在を示す証拠の数々を検証する』だそうですよ! しかもこの『古代の宇宙人シリーズ』が、ほぼ全シリーズアップされてました! 個人的にワクワクしながら見てたんですが、せっかくのなのでこの情報も共有したいと思いました。 しかし情報元がYouTubeなだけに、削除されてしまうのが早いかもしれませんね。 なので、早めに楽しんでもらうことをオススメしますよ! ヒストリーチャンネルさんが、一生懸命作った映像をYouTubeでサックリ見ちゃうのは、なんだ

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  • 江戸川乱歩も驚いた!? シュメール語訳『古事記』の謎

    32.江戸川乱歩も驚いた!? シュメール語訳『古事記』の謎(1998.6.18) 『古事記』(こじき・ふることふみ)を皆さんはご存じでしょうか? 天武天皇の勅命により語部(かたりべ)・稗田阿礼(ひえだのあれ)が誦習し、太安万侶(おおのやすまろ)が撰録した歴史書で、元明女帝の時代・和銅5(712)年に完成しました。当時はまだ「仮名」が無かったので、漢字一字で一音を表す「万葉仮名」で書かれていました。この『古事記』、日語で読めるのは当然ですが、なんと、はるか中東のシュメール語でも読めると言うのです。と言う訳で、今回は謎を秘めたシュメール語訳『古事記』に触れると共に、日とシュメールの関係について考えてみたいと思います。 まずは、「百聞は一見に如かず」と言う事で、シュメール語訳『古事記』の一例を紹介してみたいと思います。 豊玉姫(トヨタマヒメ)の歌 原文 漢文語訳 シュメール語訳 シュメー

  • シュメール - Wikipedia

    シュメール(Sumer、シュメール語: 𒆠𒂗𒂠 Ki-en-ĝir15, アラビア語: سومر‎、sūmir, スーミル もしくは sūmar, スーマル。イラク口語発音だとソーマルなどになることもある。)は、古代メソポタミア南部地域の中の南部(現在のイラク南部地方)に住んでいた人々、その地域の名、およびその人々が築いた文明や文化の名称である。 ユーフラテス川とティグリス川に挟まれた地域は、考古学や古代史研究などでは現在、メソポタミアと呼ばれている。このメソポタミアの北部はアッシリアと呼ばれ、南部はバビロニアと呼ばれる[1]。南部のバビロニア(現代のバグダードからペルシア湾に至る地域)のうち、古代都市ニップル近辺よりも北側をアッカド、南側をシュメール(シュメル)と呼ぶ[2][3]。 前5500年ごろから前3500年ごろのウバイド期の中頃からシュメール地方では灌漑農業が格化し、続く

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  • 不思議館〜古代の不思議〜

    紀元前5千年頃、後にメソポタミアと呼ばれるユーフラテス河の沿岸地帯に、ある農耕民族が住み着いた。彼らの住み着いた土地は、耕作や放牧に適しており、近くの湿地帯では、魚と鳥が常に豊富に得られるという生活するには理想的な環境だった。 その農耕民族は、ウバイド人と呼ばれ、その後、千年以上もそこに住み着き、泥でレンガをつくって街や神殿をつくり、その後のメソポタミア文明の基礎をつくることになった民族である。彼らの有能で進取性に富んだ気性は、まもなく、この地を中近東で最も繁栄した地帯に押し上げていった。ただ、彼らは、文字を持たなかったので、詳しい記録を残すことはなかった。 ところが、紀元前3800年頃、どこからかシュメール人と呼ばれる民族がやって来ると、信じられない大変化が起こった。文明の一大ブレークとも言うべき現象が起きたのである。メソポタミアの地は、わずかの間に、前例のない大繁栄を記録した。そして、

  • マヤ文明の古代都市、コパン遺跡

    ホンジュラスの首都テグシガルパ(Tegucigalpa)の西438キロに、古代マヤ文明のコパン遺跡(Copan Ruins)がある。紀元3世紀ごろに興ったマヤの古代都市で、1980年に世界遺産(World Heritage)に認定されている。 写真は、コパン遺跡で撮影された彫刻の彫られた石(2010年8月6日撮影)。(c)AFP/Jose CABEZAS

    マヤ文明の古代都市、コパン遺跡
  • 失われたマヤ文明都市、3Dマッピング技術により発見される! : ギズモード・ジャパン

    建築 失われたマヤ文明都市、3Dマッピング技術により発見される! 2011.05.08 12:00 [0] [0] Tweet Check 先人達の暮らしがここに! 考古学者が探し出したのはマヤ文明の都市Holtun。もう長い事そこに何かがあると予想されていたものの、そのエリア一帯がジャングルに覆われているため調査不可能な状態でした。今回の発見につながった方法はなんと3Dマッピング。地形学と3Dマッピング技術を駆使し、エリアを覆ったジャングルを消し、そこにあるプラミッドや祭壇、広場や何百という建物を発見することに成功しました。 専門家のKathryn Reese-Taylorさんによりますと、今回見つかった都市Holtunはニューヨークやロサンジェルスほどの大都市ではないにしろ、少なくともデンバーやアトランタ規模の中都市規模であることは間違いないということです。(日で例えるなら、東京じゃ

  • 地中ピラミッド17個発見される : 【2ch】コピペ情報局

    2011年05月27日13:13 面白ニュース コメント( 3 ) 地中ピラミッド17個発見される Tweet 1:名無しさん@涙目です。(北海道):2011/05/27(金) 09:53:48.72 ID:sLm7aXYK0● 英BBC放送によると、米アラバマ大学のサラ・パーキャック博士らのチームが26日までに、人工衛星の 赤外線探査で、エジプトの地下に埋もれた未知のピラミッド17個を含む千以上の墓と3千の集落を「発見」 した。地上からの試掘で、ピラミッドとみられる建造物二つも確認され、今後格的な調査が行われるという。 同博士のチームは、約700キロ上空の人工衛星から、直径1メートル程度のものを判別できる強力な赤 外線を使って撮影した画像を分析。古代エジプトの建造物には日干しれんがが使用されているため、周囲 の土壌よりも密度が高く、家や神殿、墓の形を判別できるという。 http:

  • カオスちゃんねる : 古代エジプトの知識晒してよ

    2011年07月12日18:00 古代エジプトの知識晒してよ 1 名前: 忍法帖【Lv=12,xxxPT】 [] 投稿日:2011/05/17(火) 22:41:13.12 ID:mrM4xQ/Ji タイトル通り。 お願いします 3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/05/17(火) 22:42:18.14 ID:7qqAutem0 クレオパトラが目の周りに塗っているのは、ハエ避けのため 165 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2011/05/17(火) 23:33:55.49 ID:QtVnXtAm0 エジプト人のアイシャドウは魔除けだと言われているが、直射日光を避けるという実用的な意味ももちろんあった ちなみにあのアイシャドウは深い青色で、孔雀石の粉末である 5 名前: 忍法帖【Lv=40,xx

  • ODN:サービス終了のお知らせ

    ご訪問いただいたお客様へのお知らせ アクセスいただいたWebサービスは提供を終了いたしました。 長年にわたり、多くの皆様にご利用いただきましたことを心よりお礼申し上げます。 ODNトップページへ

  • アレクサンドリアのヘロン - Wikipedia

    アレクサンドリアのヘロン(ヘーローン・ホ・アレクサンドレウス、古希: Ἥρων ὁ Ἀλεξανδρεύς、英: Hero of Alexandria, Heron of Alexandria、紀元10年ごろ? - 70年ごろ?)は、古代ローマ属州エジプト(アエギュプトゥス)のアレクサンドリアで活動したギリシャ人工学者、数学者。より古代ギリシア語音に近い表記として、アレクサンドリアのヘーローンともする。一説にはクテシビオスの弟子(師弟関係ではなく、クテシビオスの著作からアイディアを得たとする説もある)。 蒸気の圧力を利用したさまざまな仕掛けを考案した(ただし、蒸気機関の発明には至らなかった)。主な発明に、蒸気タービンや、蒸気を使って自動で開く扉などがある。 数学では測量法の改良者として知られる。また、著書 Metrica においてヘロンの公式の証明を与えた。 ヘロンの生没年[編集] 生没年

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  • ミン - Wikipedia

    ミン(Min)または、メネウ、メヌとは、エジプト神話の神。聖獣は、雄牛と隼。 概要[編集] 豊穣の神でありファルス(陰茎)を勃起した姿で描かれる。農耕神とも言われる。 身体はミイラで、手には鞭あるいは殻竿を持ち、片手で天を指し、顔は黒か緑色で頭に羽飾りを二つ着ける。この姿から「東方で腕を高く掲げる者」、「打ち据える者」と呼ばれる。 ギリシア人は、パンと同一視した。 信仰[編集] 主に上エジプトのアクミームで信仰された。他、コプトスなど。 古代エジプトでは、新鮮なレタスを切った時に出てくる乳白色の液が精液を連想させる事から、これが精液の素あるいは、精力剤と考えられた。ここからレタスを供物とされることが多い。ミンの神殿には、レタス畑が作られることもあった。 後に狩猟民や商人の、プタハとも習合したことで鉱山における労働者の守り神となった。 王のミイラの姿で描かれることから男性的な力強さ、子孫繁栄

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  • アレクサンドリア図書館 - Wikipedia

    アレクサンドリア図書館はこの種の図書館の初めての例ではない[12][3]。ギリシアと中東では図書館の長い伝統が存在していた[13][3]。最初期の文書保管所は前3400年頃、シュメールの都市国家ウルクから記録に残されている。これは文字の発明から間もない時期である[14]。文学作品の学術的収集は前2500年頃始まった[14]。後の古代オリエントの王国や帝国は文書収集の長い伝統を持っていた[15][3]。ヒッタイトとアッシリアには様々な言語で書かれた巨大な保管所があった[15]。オリエントにおける最も有名な図書館はニネヴェにあったアッシュルバニパルの図書館であり、前7世紀にアッシリア王アッシュルバニパル(在位:前668年-前627年頃)によって設立された[14][3]。新バビロニアの王ネブカドネザル2世(在位:前605年頃-前562年頃)治世中のバビロンにも巨大な図書館が存在した[15]。ギリ

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  • アレクサンドリアの大灯台 - Wikipedia

    アレクサンドリアの大灯台(アレクサンドリアのだいとうだい、英: Lighthouse of Alexandria)は、紀元前3世紀頃にエジプトのアレクサンドリア湾岸のファロス島に建造された灯台。ファロス島の大灯台[1]、あるいはアレクサンドリアのファロスとも呼ばれる。 ファロス島は、アドリア海にも同名の島(現在のフヴァル島)があるが、ここで言及されるのは、アレクサンドリア港の一方の端に人工の埋め立てにより出来上がった半島の突端にあった小さな島である。世界の七不思議のひとつ。ただし、ビザンチウムのフィロンの選出した七不思議には含まれていない。14世紀の二度の地震によって全壊したが、七不思議の中ではギザの大ピラミッド、マウソロス霊廟に次ぐ長命な建造物だった。 歴史[編集] 伝説[編集] 伝説によれば、戦時には鏡の反射光を敵の船めがけて照射して、船が海岸に到達する前に燃やすことができたという。し

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  • ヒエログリフ - Wikipedia

    古代エジプトの墓碑に刻まれたヒエログリフ ヒエログリフ(英: Hieroglyph、聖刻文字、神聖文字とも)は、ヒエラティック、デモティックと並んで古代エジプトで使われた3種のエジプト文字のうちの1つ。エジプトの遺跡に多く記されており、紀元後4世紀頃までは読み手がいたと考えられているが、その後読み方は忘れ去られてしまった。しかし、19世紀、フランスのシャンポリオンのロゼッタ・ストーン解読以降、読むことが可能になった。 一般には古代エジプトの象形文字あるいはその書体を指す[1]が、広義にはアナトリア・ヒエログリフ(英語: Anatolian hieroglyphs、ヒエログリフ・ルウィ語(英語版)の象形文字)、クレタ・ヒエログリフ(英語: Cretan hieroglyphs、Eteocypriot languageの象形文字)、マヤ・ヒエログリフ(英語: Mayan hieroglyphs

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  • ケプリ - Wikipedia

    ケプリ(Khepri、Chepri)、またはケペラ(Khepera、Kheper、Khepra)は、エジプト神話における太陽神ラーの形態の1つであり、日の出を表している[1][2][3]。 男性の体にスカラベ(タマオシコガネ、フンコロガシ)の頭をもつ姿で表現される[4][3]。これは、スカラベが丸めた獣糞を自分の前で転がしながら運ぶ姿が太陽の運行を象徴すると考えられたためである[5]。また、その糞の玉からは、スカラベが生み付けた卵が孵って生命が出てくることからスカラベは、自分自身を創造する太陽神を象徴するものとされた[2]。時には、糞玉のように太陽円盤を転がして進むスカラベそのものとしても表現された[4]。 ラーは、夜の間に冥界を渡り、この姿で東の方向にヌトの腿の間から地上に姿を現すと考えられた。

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  • 死者の書 (古代エジプト) - Wikipedia

    死者の書(ししゃのしょ、独: Totenbuch、英: Book of the Dead、アラビア語: كتاب الموتى‎、アラビア語エジプト方言: كتاب الاموات‎)は、古代エジプトにおいて新王国時代(前16世紀)以降に作られた葬礼文書のこと。同時期の墳墓における副葬品の1つで、一般にパピルスに書かれたものを指す。その内容は、エジプト神話の死生観に基づき、死者が冥界(ドゥアト)を通過する際の注意点や、魂の個々の要素を保存・保護する方法などを多数の祈祷文や呪文という形で記した葬送儀礼である。なお、「死者の書」という呼称は、19世紀のドイツ(プロイセン)のエジプト考古学者カール・リヒャルト・レプシウスが名付けた近代以降のものであり、エジプト語では日語に直訳した場合「日下出現の書」などと呼ばれるものである。 もともと「死者の書」の内容に相当する葬礼文書は、紀元前3千年紀には存

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  • 世界最古、2100年前のコンピューター『アンティキティラ島の機械』 : カラパイア

    アンティキティラ島の機械は、今から約2100年前(紀元前)に製作されたと考えられており、発見から1世紀以上も科学界の謎とされており、その秘密はたやすくは明らかにならなかった。 長い間クレタ島の近くの海底に沈んでいたこの機械は、1901年にアンティキティラの沈没船から海綿採集者の手によって回収された。この機械は当初、からくり玩具程度のものと思われていたが、腐し石化の進んだ81の部品の謎がようやく解明されたのは2006年11月のこと。実際にはかなり複雑で精巧にできており、天体運行を計算するために作られた古代ギリシアの歯車式機械であることが判明したという。

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