オーストラリア南東部の道路に、1台のトラックが止まっていた。運転席で物思いにふける男は、完全に行き詰まっている。道路脇で草を食んでいる彼の若い雌牛たちは健康そのものだ。しかし、5年前には500頭近くだったその数は、いまでは70頭にまで減ってしまった。 しかも公道沿いの草を食べさせることは、「厳密に言うと違法なんだ」と男は認めた。だが、男の土地にはもう草がない。いまでは低木が生えるだけの、ただの荒れ地だ。かといって穀物飼料を買う余裕もない。ダッシュボードに置かれたノートパソコンの画面には、銀行の預金残高が映し出されている。男はこれまで、大儲けをしたこともなければ、貧乏のどん底に落ちたこともなかった。それなのに、銀行からの借入金が数千万円にふくれ上がっているのだ。男はフロントガラス越しに、唯一の収入源となった雌牛たちを見つめた。 男の名前はマルコム・アドリントン、52歳。酪農一筋36年、毎朝5