ただいま話題のあのニュースや流行の出来事を、毎月3冊の関連本を選んで論じます。書評として読んでもよし、時評として読んでもよし。「本を読まないと分からないことがある」ことがよく分かる、目から鱗がはらはら落ちます。PR誌「ちくま」2023年1月号より転載。 2022年10月、フランスの女性作家、アニー・エルノーがノーベル文学賞を受賞した。1940年生まれの八二歳。オートフィクションと呼ばれる自伝的小説(日本式にいえば私小説)の書き手として知られる作家だけれども、正直、私も見逃していた。 だが日本語に訳された何冊かを読んでみて、わりとすんなり納得した。そうか、22年の受賞に相応しいかもね。 自伝的小説といっても、エルノーの作品は日本式の私小説とはかなり趣を異にする。父のことを描いた『場所』(1983年)にせよ、母の生涯に取材した『ある女』(1987年)にせよ、自身の体験に根ざしていても、彼女の視