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ブックマーク / furuyatoshihiro.hatenablog.com (133)

  • 2024-09-05 - 偽日記@はてなブログ

    ⚫︎『新宿野戦病院』、10話。このドラマで今まで人の死が描かれたのは二回だったと思う。一つ目は5話で、ホームレスの老人が政治家にエクモを横取りされて亡くなるという話。もう一つは、7話で、独居老人がアパートで心肺停止状態で発見される話。もう一つ、小池栄子のアメリカ時代のルームメイトのパートナーが戦死したというエピソードもあるが、これは過去の話として「語られる」のみだった。 二つの例では、亡くなるのはどちらも老人であり、なんとか命を取り止めようとする過程が描かれる。しかし今回は、初めて若者が、しかも、直前まで「うぇ~ぃ」とかいっていた元気そうな若者が、次のカットでいきなり斎場の骨壷に変わってしまう。この唐突な感じに、コロナ初期の恐怖を思い出した。 コロナ初期には、コロナの症状は、重症化するととても強い苦痛に見舞われるという話がある一方、たいして重くない症状の人が、唐突に、すうーっと眠るように亡

    2024-09-05 - 偽日記@はてなブログ
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    okbc99 2024/09/06
  • 2024-08-17 - 偽日記@はてなブログ

    ⚫︎『栞と嘘の季節』(米澤穂信)の中で重要な役割を果たしている「夜の姉妹団」(スティーブン・ミルハウザー、『ナイフ投げ師』所収)読んだ。なるほど、確かに『栞と嘘の季節』と響き合うものを感じるし、この小説はきっと「夜の姉妹団」から発想されたものなのだろうと感じられた。 「夜の姉妹団」は、確かに面白いが、しかし、こういう名短編みたいな小説を読むといつも思うのだが、ちょっと加工しすぎというか、綺麗に整えすぎているように感じられてしまう。途中まではとても面白いのだが、着地点で解釈しすぎというか、意味に落としすぎというか、もっと生々しく、不可解なままでいいのではないか、と。面白いのだが、せっかく面白いのにちょっと残念と思ってしまう。カフカとか、ボルヘスとか、もっと「ナマのままドン」みたいな感じなんだよな、と。「バートルビー」とか「ウェイクフィールド」とかも、あっけないしそっけない。 自分で提示した謎

    2024-08-17 - 偽日記@はてなブログ
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    okbc99 2024/08/20
  • 2024-08-15 - 偽日記@はてなブログ

    ⚫︎『栞と嘘の季節』(米澤穂信)。用事があって行った図書館で、棚に挿してあったのをなんとなく借りてきた。シリーズ物の二作目だということを知らなかった。しかし、とても良かった。小市民シリーズの四作目よりもこちらの方が良いくらいだ。 (それにしても、アニメ版の「小市民シリーズ」がダメすぎて、こんなにつまんない話だったっけ。と思ってしまう。) 米澤穂信はほぼ初期作品しか読んでいないが、初期作品から続く、苦さとひねくれと上品さの同居が依然として維持されていて、あー、この感じ米澤穂信だわと思いつつも、初期作品では、自分自身の認識力の高さを自ら罰するかのように「苦さ」が一際強調されて終わることが多かったように思うが、この作品では、苦さが苦さのまま、しかし爽やかな感じで終わる。え、なんか爽やかなんだけど、と戸惑った。 とはいえ、ここでは「あえて語られていない」暗部があることは明らかだ。例えば、メリーさん

    2024-08-15 - 偽日記@はてなブログ
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    okbc99 2024/08/19
  • 2024/07/24 - 偽日記@はてなブログ

    ⚫︎『新宿野戦病院』、四話。ここまではずっとすごい。「不適切…」も面白かったが、軽く上回ってきてる感じ。 今回は、「望まれない子ども」として、平岩紙、伊東蒼、そして、生まれたばかりの谷花音の子どもという、三つの層が重なる。ただ、この三人はそれぞれ置かれた環境が異なる。 平岩紙は、家父長制的な家=病院における「望まれる役割」としての居場所がない。彼女はまず、男の子として生まれることが望まれ、次に、女性だとしても医者となって病院を継ぐことが望まれ、そして、それが無理であれば外科医の夫を婿とすることが望まれている。彼女はそれらのどれも実現できず、ソーシャルワーカーとして「父の病院」で働いている。彼女は、家父長制的な価値観を内面化しているので、そのような価値観の中で自分が果たすべき役割を果たせていないことに罪悪感を持ち、居心地の悪さを感じている。そして、なんとかして最低限の条件(外科医の婿をとる)

    2024/07/24 - 偽日記@はてなブログ
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    okbc99 2024/07/30
  • 2024/07/04 - 偽日記@はてなブログ

    ⚫︎『新宿野戦病院』の一話を改めてもう一度観た。このテンションが最後まで続くのならすごい傑作になるのではないか。 美談めいたエピソードを採用しつつ、笑いによるツッコミでその「美しさ」に疑義を示して相対化し、分かりやすい紋切り型の要素を取り入れつつ、コメディ的飛躍でそれをあざやかなイメージにまで発展させ、差別や偏見を助長させかねない(というか、差別や偏見の根に迫るような)危ういところに切り込みつつ、反対側の視点を必ず対置して批判的な視点を確保する。絶妙のバランス感覚という言い方では足りなくて、さまざまな力を複雑にせめぎ合わせることでギリギリの均衡状態を作り出している。単なる緊張と弛緩ではなく、さまざまな力の複合としての緊張と、さまざまな力の複合としての弛緩。 現代社会の反映という要素が強く、また、「思想が強め」のドラマでもあるが(このドラマを好む人は決して小池百合子に投票しないだろうし、小

    2024/07/04 - 偽日記@はてなブログ
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    okbc99 2024/07/13
  • 2024/06/11 - 偽日記@はてなブログ

    ⚫︎『秋季限定栗きんとん事件』(米澤穂信)を改めて読んだ。確かに、この時点で綺麗に完結していると言えると思った(5月30日の日記を参照のこと)。だとすれば、「冬季限定…」は、初めから過去への遡行として構想されていたのかもしれない。(まったくの勝手な推測に過ぎないが)「冬季限定…」が書かれるまで時間が空いたのは、この「秋季限定…」で二人の関係を描き切ったという満足感があって、さらに重ねて続きを書くというモチベーションがなかなか湧かなかったのかもしれない。それくらい立派な作品だと思った。 (さらにまったくの勝手な推測を重ねることになるが)それでも15年経って『冬季限定ボンボンショコラ事件』が書かれたのは、その続きの「春季限定ふたたび」を書きたいと思ったからではないか。地方の高校生としては明らかに飛び抜けた異質な存在である小鳩くんや小山内さんだが、都市部の大学に進学するとなると、彼、彼女を取り囲

    2024/06/11 - 偽日記@はてなブログ
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    okbc99 2024/06/25
  • 2024/05/30 - 偽日記@はてなブログ

    ⚫︎『冬季限定ボンボンショコラ事件』(米澤穂信)。とても良い作品だとは思うが、ぼくが期待していた方向ではなかった。だがこの時、言い方に気をつける必要がある。意味は順番に依存する。良い作品だが期待していたものではなかった、という時、それは「期待していたものではなかった」の方に強くウエイトがかかる。しかし、期待してしてたものではなかったが良い作品だった、という時、むしろ「期待を外されたことそのもの」にポジティプな意味がかかってくる。 ぼくが言いたいのはどちらでもなく、「良い作品」と「期待していたものではなかった」が、どちらが主ということなく、同等にある。 (小鳩くんは「死の恐怖」を体験しつつ病室に縛り付けられ、回想シーン以外は最後まで小山内さんが登場しない、という変則的構成そのものはとても面白いと思った。) ぼくが期待していたのは、小鳩くんと小山内さんの〈互恵関係〉のその後であり、二人が立ち上

    2024/05/30 - 偽日記@はてなブログ
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    okbc99 2024/06/17
  • ■ - 偽日記@はてなブログ

    ●DMM.comの「成人映画」のカテゴリーのコンテンツの一つとして、『ザ・ストーカー』(鎮西尚一)が観られることを発見した(さらに、『女課長の生下着』と『Ring My Bell』も観られる)。みつけてすぐに近所のコンビニに走ってDMMカードを買ってきて、観た。 九十年代の終わりにレンタルビデオでこの映画を観ているのだけど、その時は、『キラキラ星』や『パチンカー奈美』に比べてちょっと抑えた感じなのかとか思った記憶があるのだけど---正直、やや印象が薄かったということだけど---とんでもない。すごく端正でかっこいい。むしろぶっ飛ばしているというか、タイトになったことで飛躍している感じ。こんなに完成度の高い映画だったのか、と。97年の作品。 (『ヴィレッジ・オン・ザ・ヴィレッジ』に、中西がひもを結び直していると、後ろから来た古賀さんがしゃがんでいる中西をすっとすり抜けて前へ出てしまうみたいな

    ■ - 偽日記@はてなブログ
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    okbc99 2024/06/03
  • 2024/03/29 - 偽日記@はてなブログ

    ⚫︎『不適切にもほどがある ! 』、最終話。過去回を適度に振り返りつつ、お祭り的な雰囲気で、ふわっと、みんな幸福な感じでよかったねというところに着地する。三ヶ月間、ドラマを見続けて登場人物に愛着を持っている観客にとっては、後に引きずらない感じで、いい気持ちで登場人物たちとお別れできるのだから、テレビドラマの最終話としてはこれが正解なのかもしれないが、面白いか面白くないかと問われれば、面白いとまではいえない。ただ、途中が面白かったから、最終回は、まあ、こんな感じなのかな、と。 (「寛容」とか「多様性」とか、そういう言葉はあまり安易に「着地点」に使わない方がいいのになあ、とは思った。着地点がしばしば安易であることと、問題を類型化・矮小化し過ぎている、あるいはしばしば問題をミスリードしている、ということは、このドラマの明らかな弱点で、どうしても引っかかってしまうところではある。デリケートな素材を

    2024/03/29 - 偽日記@はてなブログ
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    okbc99 2024/04/04
    “最後まで見て思うのは、この作品の芯にあるのは「死を否認する」という感情なのではないかということだった。”
  • 2024/03/15 - 偽日記@はてなブログ

    ⚫︎『不適切にもほどがある ! 』、第八話。とにかくコメディとしての密度がすごい。それとと同時に、今回はシリアスな苦い回でもある。 (前回は、自己言及的自虐を通じてやんわりと現代の視聴者へ疑問を呈する感じだったが、今回は「わかりやすい悪役」まで持ち出した、現代の視聴者への強めの批判になっている。この「わかりやすい悪役」のあり方に引っかかる人はいるかもしれないが。) 自分の死んだ後の世界で、孫の世代にあたる若者たちのために闘う阿部サダヲが、「世間」に対する敗北を認識する、というか、若者たちが「(目に見えず、掴みどころのない)世間」を引き受けて生きざるを得ないのだという「未来の現実」を苦く認識する。(限られた「自分たちの未来」のために)娘と一緒に自分の世界に帰るのではなく、驚くべきことに「禁煙」までして未来に順応し、自分の死後の世界を生きる若者たちのために奮闘するが、己の力の及ばなさを自覚する

    2024/03/15 - 偽日記@はてなブログ
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    okbc99 2024/03/25
  • 2024/03/09 - 偽日記@はてなブログ

    ⚫︎『不適切にもほどがある ! 』、七話。今回は、現代のドラマ視聴者ディスみたいになっている。ディスというか、「たまたま六話とか七話だけ観たとして、それが好きだったら、ぼくにとってそれは好きなドラマです」と言う岡田将生の「いい奴っぷり(好感度)」によって(つまり、河合優美が「今、ここ」にいる経緯を問うことなく、それを謎として保留したまま、現状そのものを楽しみ、それ以上追求しないという態度によって)、伏線回収とか、細かい考察とかばかりしている現代視聴者の在り方(そして、そのような視聴者を前提として作られるドラマのあり方)に疑問を呈しているという感じ。それってあまりにも「狭い」ものの見方ではないか、と。そもそも、「終わり」が決まっていて、そこから逆算されるような物語ばかりが高く評価されるのはおかしいということが、「終わりが決まっている」阿部サダヲという存在を通して強く示されている。とはいえ、こ

    2024/03/09 - 偽日記@はてなブログ
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    okbc99 2024/03/18
  • 2024/02/22 - 偽日記@はてなブログ

    ⚫︎『転校生』(大林宣彦)。10年以上前になると思うが、NHKのBSで放送されていたのを録画して、それをディスクに焼いたものが出てきたので観た。ディスクの状態が悪く、しばしば動画がフリーズしたし、何度かはディスクが強制的にリジェクトされた。それでも最後までなんとか観られた。 まず、驚くほどの「不適切表現」の連続で、80年代ってこんなだったっけ、いや、確かにこんなだったのだ、と思った。自分とほぼ同世代の男の子たちの振る舞いを、今観て、ウワーッとなって、針の筵に座るような感じもある。小林聡美の兄(多分、中川勝彦だと思う)が妹に、「女の子にはSFは無理だよ、発想の飛躍がないからな、ママを見てればわかるだろ」とかサラッと言っていて、「マジか、それ言うか、キツいわ」と思ったりした(特に、兄が嫌な奴だということを表現しているセリフではなく日常会話だ)。言っている内容も問題だが、兄と妹の家庭内での日常会

    2024/02/22 - 偽日記@はてなブログ
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    okbc99 2024/03/05
  • 2024/02/16 - 偽日記@はてなブログ

    ⚫︎『不適切にもほどがある ! 』、第四話。今回はキレッキレだった。阿部サダヲのハラスメント問題が、いかにも昭和のオヤジ的なパワハラではなく、典型的に現代の病として浮上するという、この捻りが冴えている(阿部サダヲの驚くべき受容性の高さ、何か指摘されると拍子抜けするほど素直に「そうなの」と納得するし、もうすでに「Z世代」なんていう言葉まで覚えている)。昭和の阿部サダヲがSNSに過剰適応するのに対して、現在から昭和末期に行った坂元愛登はスマホのない世界に適応している。また、フェミニストであるはずの吉田羊が、なぜかすんなり昭和末期の生活に馴染んでいるのはちょっとどうかとも思ったが、電話で、自分の将来の夫となる中学生にガチ説教する場面がすごく良かった。フェミニストの面目躍如的な。 この場面の前振りで、下手をすると(コメディの手ぐせみたいにして)「ホモいじり」ギリギリのところをついてきていて、うーん

    2024/02/16 - 偽日記@はてなブログ
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    okbc99 2024/02/25
  • 2024/02/09 - 偽日記@はてなブログ

    ⚫︎『不適切にもほどがある ! 』、第三話。ドラマとして相変わらず面白いが、ちょっと甘い感じのところが気に掛かった。一話でも、パワハラ問題の収め方にかんして、え、そういう方向で収めちゃっていいの ?、と、疑問に感じだが、それは全体の面白さからすれば些細な甘さだと思った。だが、三話でも、セクハラのガイドラインが欲しいという問いに、「娘にしないことはしない」という「提案」が示されるのだけど、それをあたかも「解」であるかのようにされると、うーん、ちょっとそれは、と、モヤモヤする。そもそも、そう簡単には解決しないような問題の「解」を示すことが目的のドラマではないのだから(そうではなく、ある種の抗争状態を示すことが重要ではないか)、中途半端な甘い解決を入れる必要はないのではないかと思う。せっかく面白いのに、下手をするとその甘さが決定的な瑕疵となってしまう危険もあるように感じた。 (追記。ロバート秋山

    2024/02/09 - 偽日記@はてなブログ
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    okbc99 2024/02/15
  • 2024/02/03 - 偽日記@はてなブログ

    ⚫︎『不適切にもほどがある ! 』、第二話。宮藤官九郎、完全復活の予感。 阿部サダヲの役が今年88歳(昭和10年生まれ)だということで、昭和10年(1935年)生まれの有名人を検索して調べてみたら、美輪明宏、浜木綿子、吉行和子、北村総一朗、八名信夫、肝付兼太、という感じたった。ぼくの父親が今年86歳なので、阿部サダヲとほぼ同世代と言っていい。それにしては現在への順応力がすごい。スマホを使いこなせているし、「メンタル」などという言葉が自然に口から出てくる。また、ムッチ先輩はネタとしても、河合優美の80年代ヤンキー感がすごいリアルだ。「純子」という役名は、「ビー・バップ・ハイスクール」の三原山順子からきているのだろうか。 (「ビー・バップ・ハイスクール」の連載は83年から始まっていて、映画の一作目は85年公開だ。) ただ、これはちょいちょい指摘されていることだが、時代考証がちょっとズレている感

    2024/02/03 - 偽日記@はてなブログ
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    okbc99 2024/02/13
  • 2024/01/26 - 偽日記@はてなブログ

    ⚫︎Netflixで『不適切にもほどがある ! 』、第一話。久々に期待できる宮藤官九郎。クドカンと言えば、ホモソーシャルとノスタルジーという感じだが、それを、このような形に組み替えることができるという発明。結構キワキワな薄氷を履むような展開で、どちらに転ぶのか(というか、どちらか一方に転んでしまうと)、その転びようによっては最悪の反動にも、紋切り型にもなりかねないが、一話にかんして言えば、なかなか素晴らしいのではないか。 (追記。宮藤官九郎が「ホモソーシャルとノスタルジー」というのは「IWGP」や「木更津キャッツアイ」のイメージで、さすがに根拠が古すぎる判断かもしれない。) 大島渚やアンゲロプロスが、政治的対立や抗争をしばしば宴会の場や酒場でなされる「歌合戦(ダンス合戦)」として表現するのだが、このドラマの唐突なミュージカルシーンは、まさにそれを受け継いでいるように思った(つまりこれは必然

    2024/01/26 - 偽日記@はてなブログ
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    okbc99 2024/02/01
  • 2023/08/24 - 偽日記@はてなブログ

    ⚫︎今、動画配信では観られない『ルパン三世 風魔一族の陰謀』の英語字幕付き版がYouTubeにあったので観た。山田康雄ではなく古川登志夫がルパンを演じているやつ。おそらく権利関係をクリアしていないと思われるのでリンクは貼らないが、検索すればすぐ見つかると思う。 アニメが好きな人なら必見で、昭和アニメの技術的到達点とも言える作品。お話はあまり面白くないし、クライマックスは「カリオストロの城」の焼き直し感もあるが、そんなことはどうでも良くなるくらい、ほぼ全てのカットが面白く(特に、有名なカーチェイスの場面は当にすごい)、隅から隅までみっしり詰まっている。アニメのメディウムスペシフィック的な面白さという点では「カリオストロの城」よりも優れているのではないかとすら思う。 Wikipediaには次のように書かれている。作品としてのトータルな何かというよりも、個々の場面や細部の充実がすごいというのは

    2023/08/24 - 偽日記@はてなブログ
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    okbc99 2023/08/29
  • 2023/08/21 - 偽日記@はてなブログ

    ⚫︎だいたい元気になったとはいえ、まだ気力は今ひとつなので、軽く観られるものを観ようと、U-NEXTで「ファミリーヒストリー 草刈正雄」を観たのだが、なんというか、すごく微妙な気持ちになってしまった。 ⚫︎まず、「戦後史」だなあという感じ。バブル期でさえかなり遠くになったように感じられる現在もなお、生々しく戦後史を生きた人がバリバリ現役で活躍しているのか、と。「現在」というものの中に含まれた時間の厚みを感じる。 ⚫︎それはともかく、これは草刈正雄にとっては相当キツい結果ではないか。普通に、父親に捨てられたということだし、父親は、自分と母親の存在を家族にすら告げることなく、無かったことにして、その後ものうのうと生きていたことになる(母が「父は朝鮮戦争で死んだ」と嘘をついていたのは、息子に「父から捨てられた」という思いを抱かせたくなかったからだろう)。草刈正雄は父親に対して怒って当然だと思うが

    2023/08/21 - 偽日記@はてなブログ
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    okbc99 2023/08/24
  • 2023/08/17 - 偽日記@はてなブログ

    ⚫︎『万事快調 オール・グリーンズ』(並木銅)を読んだ。エンタメ系の小説を読むことはほとんどなくなってしまったが、「色々と冴えない地方の女子高生たちが学校の屋上で大麻を栽培する話」という紹介を聞き、これは是非とも読まなければいけないという気持ちになって、読んだ。とても良かった。 まず、この、あらすじとさえ言えないシンプルな紹介ただそれだけで面白いに違いないという直感が与えられるというか、そのような「目の付け所」を持つ人の書く文章は、決して退屈な紋切り型には落ち着かないだろうという予感が得られる、というところがすごい。 (彼女たちにとってひたすら退屈と苦痛が惹起される場でしかない「学校(地方の工業高校)」が、大麻の種子を入手することで、貧しい彼女たちに、大麻の栽培、精製、販売のためのインフラと人材を無償で提供してくれる環境へと変化する。それによって人間関係も再編成される。) (とはいえ、大麻

    2023/08/17 - 偽日記@はてなブログ
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    okbc99 2023/08/21
  • 2023/07/03 - 偽日記@はてなブログ

    ⚫︎『水星の魔女』、24話(プロローグを含めると25話め)。こんな完璧な最終回があるのかという驚き。VECTIONのきくやさんは「水星の魔女」は「新古今和歌集」だと言っているが、唯一欠点があるとすれば「綺麗にまとまり過ぎている」というところか。とはいえ、「綺麗にまとまる」のレベルが、普通にそう言うときのそれとは一段も二段も違っている。全てのカットに意味があり、それらが一つでも欠けたら成立しない、というくらいの密度と精度だと思う。なのに、ギチギチではなくきちんと余裕もあって余韻がある(これはもう、0点何秒というレベルでの全てのカットの長さの操作、余白のレイアウトによるのだろう)。物語の展開としても、無理矢理に言いくるめるような、強引だったり欺瞞的だったりするところが差し当たり見当たらないのに、この複雑な話をちゃんとハッピーエンドと言えるところにまで持って行けているというのは、とんでもなくすご

    2023/07/03 - 偽日記@はてなブログ
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    okbc99 2023/07/06