こんな話がございます。 唐の国の話でございます。 陽羨という地に許彦(きょげん)と申す者がおりました。 七十の坂を過ぎておりますが、生涯独り身でございます。 独り身と申しますのは、妻がいないという意味ばかりではない。 女の肌に触れることのないまま、いつしか老境を迎えたのでございました。 女嫌いだったわけではございません。 縁がなかったわけでもございません。 自分でもどうしてこうなったのだろうト、許彦はよく考えますが。 考えれば考えるほど、原因は己の側にあるとしか思えない。 ――女嫌いではない、女が怖かったのだ。 女が恐怖を秘めているから怖いのではなく。 己が、女に接する勇気をなかなか持てないままに。 わしは今日まで老いてしまったのだ。 今さら、そんな結論に至ったところで、老爺に出来ることはもうございませんが。 許彦は、考えても仕方のないことを毎日考えながら、山道を登り降りするのでございます