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  • 焼き場の妖異が我をたばかる | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 遠きいにしえより、我が朝におきましては。 辻占(つじうら)だの、橋占(はしうら)だの。 そういったものをよく行います。 夜明け前や黄昏時ナド、薄暗く寂しい頃合いに。 四ツ辻や橋のたもとにひとり立ちまして。 行き交う人々の言葉にじっと耳を傾ける。 そうして事の吉兆を占うものでございます。 かの平清盛の娘が身籠ったときも。 母の時子が一条戻橋へ出かけまして。 橋占を行ったトもうします。 そのとき通りかかった童たちの言葉の中に。 「国王」トあったのを耳にいたしますト。 生まれてくる子は天子様になるに違いないト。 大いに安堵いたしたそうでございますが。 これが後の安徳帝なのだから、占いも侮れませんナ。 ところで、どうしてそんなところで占うのかト申しますト。 人通りの繁しい場所は、霊力も強かろうト考えたからで。 人ならぬ霊異が人の口を借りて。 神の意を語り示すトいうのでござい

    焼き場の妖異が我をたばかる | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
  • 我が背子、夢を覗かれよかし | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 播州は室津、室の泊まりト申しますト。 古くヨリ栄えた湊町でございまして。 また、我が朝の遊女の始まりの地トモ申します。 平安の昔、木曾義仲の愛妾、山吹御前が。 義仲亡き後、この室津の町へ流れ着くや。 友君ト名乗り、評判の「うかれめ」トなったトいう。 これが室津の遊女の起こりでございまして。 以来、この地第一の遊女を「室君」トカ申します。 さて、時代は下り、戦国の世。 周防の大名、大内義隆のその家中に。 浜田与兵衛ト申す剛の者がございましたが。 ある時、この室津の町に立ち寄りますト。 少し変わった女ト巡りあった。 名を但馬(たじま)ト申しまして。 年の頃は十六、七。 滑り落ちそうな撫で肩に。 触れれば折れそうな柳腰。 実に頼りのない女でございますが。 顔貌(かおかたち)はいと麗しく。 琴を奏でれば妙なる調べ。 舞えば天女のたおやかさ。 歌を詠めば小町もかくやの才覚で。

    我が背子、夢を覗かれよかし | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2019/12/23
    浅井了意「伽婢子」より
  • 紙人形の娘たち 張奇神 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 清国の話でございます。 湖南に張奇神ト申す男がございまして。 もっとも、これは秘密の二つ名でございましたが。 土地では誰もが張奇神の名を知っている。 だが、それが誰なのかを知る者は多くございません。 ト、申しますのも、この男。 昼は善良な農夫として暮らしている。 それが、夜の帳が下りますト。 せっせト裏の稼業に勤しみます。 摂魂士ト申しますのが。 その夜の顔でございました。 どんな術を使うかト申しますト。 魂を自在に抜き取ることができるトいう。 ただ抜き取るだけなら人殺しでございますが。 摂魂術ト申すものはそうではない。 寝ている間に魂を抜き取りまして。 目覚める前にもとの体へ戻してやる。 魂を摂られた側はどうなるかト申しますト。 日頃の己とはまったく異なる姿になり。 寝ている間に行ってこられる場所ならば。 何処なりと望み通りに赴くことができるトいう。 では、どうし

    紙人形の娘たち 張奇神 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2019/10/04
    清代の志怪小説「子不語」より
  • 葛飾北斎 ―画狂老人は一処に安住せず― | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    KATSUSHIKA HOKUSAI 転居93回、改号30回。北斎は当に奇人だったのか 欧米での信仰的とも言える評価に反して、日での北斎評はまず「奇人」である。 そのイメージは、飯島虚心の著した明治期の評伝「葛飾北斎伝」によるところが大きい。 序文にはっきりと「画工北斎畸人也」とあり、また家の中はごみまみれで、ために93回も転居したとある。 どうやら、絵を描くこと以外はまるで無関心だったようだ。 無愛想で人付き合いが悪く、金には無頓着だった。 掛取りが来ると、机の上に置きっ放しだった画工料を、包みのままどんと投げてよこしたという。 それでもっていかないといけないから、一説では己の画号を弟子に譲って金に変えた。 それが30回という異常な改号の多さにつながったともいう。 (※クリックで拡大します) 晩年の弟子露木為一による「北斎仮宅之図」 虚心が露木から提供されたもの (左の女性は娘のお

    葛飾北斎 ―画狂老人は一処に安住せず― | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
  • 業平と芥川の人喰い倉 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 平安の昔の話でございます。 在原業平(ありわらのなりひら)ト申しますト。 ご承知の通り、色男の総元締めみたいな嫌な奴で。 生まれは高貴にして、容姿は眉目秀麗であるばかりか。 美女に目がなく、狙った獲物は必ず手に入れるトいう。 天照大神に仕える伊勢斎宮でさえも。 神前にて潔斎中の身でありながら。 コロッと落ちてしまったトカ申します。 なんとも罰当たりな男でございますナ。 さて、この色男の業平にも。 肝をつぶす出来事がございまして。 ようやく我々も溜飲を下げられる。 これこそバチがあたったのだトモ申せます。 なにせ、このときモノにしようとした相手と申しますのが。 伊勢斎宮に勝るとも劣らぬお方でございまして――。 あるとき、右近の中将在原業平朝臣は。 ある人の娘が絶世の美女であると耳にした。 そうなるト、居ても立ってもいられないのが色男。 さっそく、あれやこれやト言い寄り

    業平と芥川の人喰い倉 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2019/06/20
    伊勢物語、今昔物語集より
  • 奥州安達原 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 平安の昔の話でございます。 京の都のさる公卿のお屋敷に。 名を岩手の局ト申す女がおりましたが。 この者は姫君の乳母でございまして。 我が仕える姫君を、それはそれは大事に育てておりました。 ところが、この姫君ト申しますのが。 生まれつき病に冒されておりまして。 五歳になっても一向にものを話しません。 岩手は姫君が不憫で不憫で仕方がない。 そこである時、易者にこれを打ち明けますト。 いつの世も易者ト申しますものは。 無責任な輩ばかりでございますので。 「まだ女の腹の中におるままの、赤子の生き肝をわせるより他にない」 ナドと吹き込んだ。 岩手は姫君が可愛くてなりませんので。 どうしても赤子の生き肝を手に入れたい。 その思いにすっかり取り憑かれてしまいまして。 生まれたばかりの娘を人に預け。 首には赤いお守り袋を掛けてやる。 「母岩手」ト書かれた形見の品。 「かかさまがお

    奥州安達原 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2019/06/14
    謡曲「安達原(黒塚)」より
  • 熱海初島 お初の松の由来 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 伊豆国熱海を、南東の海上へ去ること三里。 名を初島ト申す小島が、沖に浮かんでおりますが。 この島の開闢は、さる姫君の漂着から始まったトカ申します。 その昔、日向国に初木姫ト申す美しい姫がおり。 何の因果かこの島へ流されてまいりまして。 毎晩、無人の島から寂しく対岸を眺めましては。 焚き火を焚いて人の気配を求めておりました。 やがてこれに気づきましたのが。 伊豆山の伊豆山彦ト申す一柱の神。 さっそく姫は萩で筏を組みますト。 いとしい男神に相まみゆるべく。 どんぶらこ、どんぶらこ。 海を渡っていったトいう。 その育てた子らの末裔が。 今の伊豆山権現であるト申します。 さて、この初島の船着き場に。 遠く伊豆山を望むように立つ大きな松がある。 名を「お初の松」ト申しますが。 その由来にはこんな秘話がございます。 初島にまだ人家が六戸しかなかったころ。 そのうちの一軒に娘がひ

    熱海初島 お初の松の由来 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2019/05/24
    伊豆の伝説より
  • 杏生と二人のお貞 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 越後国は新潟湊に、若い医者がおりまして。 名を長尾杏生(ながおきょうせい)ト申しましたが。 これが目鼻立ちの整った好男子でございます。 年は二十歳を過ぎたばかりながら。 洒落っ気もあれば、品性も良い。 女たちの注目を一身に集めておりました。 ある時、トある妓楼に呼ばれて参りますト。 芸者がひとり床に臥せっている。 名をお貞(てい)ト申しまして。 長らく気を患っているトいう。 「お医者さん」 「どうしました」 布団からだらりと飛び出した白い手を。 軽く掴んで脈をとっておりますト。 虚ろな眼差しをそむけたまま。 恥じらうように女がそっと言いました。 「私、もう長くないんでしょう」 「馬鹿を言いなさい。気くらいで死ぬ人はいませんよ」 女は年の頃、二十二、三。 結い髪はとうに崩れており。 後れ毛が鬢から力なく垂れている。 病身の隠微な美しさ。 「それでも、他のお医者さん

    杏生と二人のお貞 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2019/04/15
    「夜窓鬼談」より
  • 仏教説話の怖い話より 「朽ちても朽ちぬ赤い花」 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 都が奈良にあった頃の話でございます。 大安寺に弁西ト申す僧がございまして。 この者は白堂(びゃくどう)を生業トしておりましたが。 白堂トハなにかト申しますト。 欲深き民百姓どもがお寺にやってまいりまして。 あれやこれやト願い事を口にいたしますが。 その願いを仏に取り次いでやる者のことを申すそうで。 「子宝に恵まれとうございます」 「病身の母がどうか回復いたしますよう」 「縁結びをどうかひとつ」 ナドと、好き勝手なことを口々に申しますが。 弁西は嫌がる気色は微塵も見せず。 そのすべてを漏らさず書き留めてやり。 一つ一つを民に代わって丁寧に。 御仏(みほとけ)へ奏上いたします。 中には己のかつて犯した罪業の。 お目こぼしを求めに来る輩もある。 「実はむかし、朋輩を手に掛けたことがございます」 「隣の家の倅を人買いに売り渡しました」 「米蔵に盗みに入ったのは私でございます

    仏教説話の怖い話より 「朽ちても朽ちぬ赤い花」 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2018/12/20
    「日本霊異記」より
  • 月岡芳年 ―「血みどろ」絵師は「生」を見つめた― | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    TSUKIOKA YOSHITOSHI 「血みどろ」の時代 月岡芳年(つきおか よしとし)は「血みどろ」の絵師である。 妖と奇の巨人、歌川国芳に師事し、兄弟子に落合芳幾、河鍋暁斎らがいた。 一魁斎、玉桜楼などと号したが、最後は大蘇芳年と名乗っている。 出世作は、慶応二年刊行の「英名二十八衆句」、同四年すなわち明治元年の「魁題百撰相」。 両作の成功により、「血まみれ芳年」の異名をとった。 (※クリックで拡大します) 痴情のもつれによる殺人を報じた郵便報知新聞の記事より。 芳年の挿絵が今で言う報道写真の役割を果たした。 めくるめく生首、血しぶき、死に顔、鮮血のオンパレード。 残虐とグロテスク、怪奇、猟奇に満ちている。 「無惨絵」「残酷絵」「血みどろ絵」などと称される新ジャンルを切り拓いた。 同じく郵便報知新聞に提供した挿絵。 追い剥ぎに遭った女二人が、狼にわれた事件を描いたもの。 だが、その

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  • 中国の怖い話より 「画皮 美女の化けの皮」 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 清国の話でございます。 太原に王某ト申す士大夫がおりまして。 朝の散歩に出ておりましたが。 まだ霧深い森の中。 その靄へ吸い込まれてゆくが如く。 女がひとり歩いているのが見えました。 小さな体に大きな包みを抱えている。 まるで旅でもしているかのような格好で。 王は不審に思い、後を追う。 「もし、お嬢さん」 ト、声を掛けましたが。 女は振り返りもしない。 黙って歩いていくばかり。 王はますます不審に思い。 歩みを早めて追いつきますト。 並んで歩きながら、女を見た。 見れば、顔つきはまだ幼げで。 年の頃は十六、七でございましょう。 みずみずしい若さの中に。 凛とした美しさがございます。 「こんな朝早くにひとりでどこへ行くのです」 娘は伏し目がちな憂い顔を。 さらに深く沈ませまして。 「所詮は互いに行きずりの仲。憂愁を分かちあえるものではございません」 ト、顔立ちに似合わ

    中国の怖い話より 「画皮 美女の化けの皮」 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2018/11/24
    清代の伝奇小説「聊斎志異」より
  • 落語の怖い話より 「鰍沢(かじかざわ)」 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 ご承知の通り、法華の総山ト申しますト。 身延山(みのぶさん)久遠寺でございまして。 これは山がちで知られる甲斐の国の。 さらに深い山の奥でございます。 ときは冬。 吹雪の激しい日のことで。 振り分け荷物の旅人が。 参詣道を急いでいる。 法論石から小室山。 毒消しの護符を授かりまして。 富士川を下って身延へ参るべく。 これから鰍沢(かじかざわ)へ出ようという。 駿府まで急流が下る富士川の。 大きな河岸(かし)のひとつが鰍沢。 折からの大雪に足を取られ。 日暮れまでに抜けられそうにもない。 とはいえ、野宿もしようにない。 行けども行けども雪景色。 このままでは凍え死んでしまう。 そう心細く思っておりますト。 遠くに人家がポツンと見えてきた。 「御免ください」 あばら家の板戸をドンドン叩く。 ガラリと出てきましたのはひとりの女。 どうかト一夜の宿を乞うト。 どうぞト中へ

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    onboumaru 2018/11/22
    三遊亭圓朝作の三題噺より
  • 民話の怖い話より 「鬼婆が血となり肉となる」 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 ある山奥の貧しい村に。 竹林に囲まれたぼろ屋がございまして。 老婆と孫娘が二人で暮らしておりましたが。 夜空に月が白く冴えた。 ある秋のことでございます。 高く伸びた竹がゆらゆら揺れる。 竹の葉がさらさら音を立てる。 風がかたかた板戸を鳴らす。 「おばば。寒くて眠られない」 「よしよし。おばばの布団へおいで」 おばばは齢六十で。 孫娘の志乃は十六で。 おばばには倅が三人おりましたが。 この数年で次々と亡くなってしまい。 残されたのはこの志乃ひとりでございます。 ほかに身寄りのないおばばは。 志乃を心底可愛がっておりました。 トハいえ、まだまだ子供と思っておりましても。 世間では十六といえばもはや年頃でございます。 現に、ひとつ夜着の中で身を寄せ合っておりましても。 志乃の体つきが小娘から娘に変わりつつあるのがよく分かる。 「志乃にもそろそろ婿を探してやらねばならんの

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    onboumaru 2018/10/16
    福井の民話より
  • 江戸怪談より 「長いものは窓より入る」 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 三代家光公の御世のこと。 豊前国小倉藩は細川殿の領国でございましたが。 その隷下に高橋甚太夫ト申す弓足軽の大将がおりました。 この者は曲がりなりにも大将トハいいながら。 武士の風上にも置けぬ小人物で。 いま、足軽トハいえ大将の職責にありますのも。 実は同僚の手柄を盗んで奏上したためであるという。 ところが、この者がそれでもなんとかやっておりますのは。 一にも二にも、この者には惜しいほどのよくできたがあったためで。 は名を千鶴ト申しまして。 近在の百姓の娘でございましたが。 容姿は地味ながら美しく。 人となりはしとやかで慎み深く。 まさにその名が示す通り。 掃き溜めに鶴といった趣で。 さて、この頃は諸国大名の国替えが頻繁に行われておりましたが。 細川殿もかの肥後国熊藩へ転封と相成りました。 夫婦は初めて生まれ故郷を離れましたが。 亭主は異国暮らしに浮かれたものか

    江戸怪談より 「長いものは窓より入る」 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2018/10/06
    片仮名本 因果物語より
  • 中国の怖い話より 「幽女を見る目」 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 唐土(もろこし)の話でございます。 越の紹興に沈某という若者がございまして。 この者の住処は東岳廟の参詣の途次にございました。 東岳廟トハ何ぞやト申しますト。 これは泰山府君を祀るもので。 では泰山府君トハ何ぞやト申しますト。 これは寿命を司る神でございます。 それ故、泰山府君は非常に篤い信仰を集めている。 参道は人出も多く賑やかでございます。 沈は参詣客たちに自宅で酒を振る舞っておりました。 我が朝で申さば、さしづめ伊勢の御師みたいなものでしょうナ。 さて、三月二十八日は泰山府君の誕辰。 つまり生誕日でございます。 参道はひときわ賑やかとなりまして。 沈家の門内も押すな押すなの大盛況。 沈も客たちの世話に馳せまわっておりましたが。 その喧騒という泥中に。 咲く蓮の花のごとき女の姿。 高貴な身なりの若い女人が。 外から門内を覗く姿がちらりト見えた。 その身は人形

    中国の怖い話より 「幽女を見る目」 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
  • 鬼女の乳を吸う | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 都が奈良にあったころの話でございます。 陽は山の端に傾き入り。 群青の闇が押し寄せる中。 墨を引いたように続く一道を。 ぽつぽつ歩く人影がひとつ。 これは名を寂林(じゃくりん)ト申す旅の僧。 まだ三十路にも手の届かぬ若い聖でございます。 十六年前に故郷を出て以来。 諸国行脚の修行の最中で。 僧にもかつて愛しい母がおりましたが。 その母が不慮の死を遂げましたのを機に。 母への、土地への、根深い執着を断たんがため。 一念発起、国を捨てたのでございます。 さて、ここは大和国は斑鳩の。 寂林法師のその生まれ故郷。 長年の修行は心を堅固にし。 もはや、母へも国へも何ら想いはございません。 里外れの一道に。 風がひゅうひゅう吹きすさぶ。 草木がさらさらトなびきます。 ト、その時、行く手の藪の中に。 怪しき人影が見えました。 前かがみに両手を膝へ突き。 ムチムチと肉付きの良い

    鬼女の乳を吸う | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2018/06/04
    「日本霊異記」より
  • 落語の怖い話より「藁人形」 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 江戸四宿の一、奥州街道は千住の宿。 ここは小塚原(こづかっぱら)の刑場に近いためか。 はてまた、掘れば罪人の骨(こつ)が出るためか。 一名を「コツ」ト申しますナ。 さて、このコツに立ち並ぶ女郎屋を。 一軒一軒拝んで歩く坊主がひとり。 名を西念ト申す願人坊主(がんにんぼうず)。 千住いろは長屋、への九番に住むトいう。 良く言えば坊主でございますが。 有り体に申せば乞も同然で。 念仏の真似事をして、人様から施しを受けている。 朝は一番に観音様へお参りをし。 それから日暮れまで江戸中をもらって回る。 実に熱心なおもらいでございます。 そして、軒下に立つ西念のその姿を。 二階の手摺から見下ろしている。 美しくも、はかなげな人影がひとつ。 これは女郎屋若松の板頭(いたがしら)。 つまりこの店一番の人気女郎で。 年の頃なら二十二、三。 名をお熊ト申す、稀代の美人でございます。

    落語の怖い話より「藁人形」 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2018/05/20
    落語「藁人形」より
  • 苺の六郎、雪の十二郎 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 甲斐国は身延のあたりの山あいに。 母ひとり娘ふたりの女所帯がございました。 父は五年前に亡くなりまして。 母は元々その後添えでございました。 妹娘のお君は今の母の子でございますが。 姉娘のお雪はト申しますト。 これは死んだ前の母が産んだ子でございまして。 世の中に継母と継子の仲ほど面倒なものはございません。 誰しも腹を痛めて産んだ子が可愛いものでございましょう。 前の女が産んだ子など、まるで仇も同然で。 しかも、その父親はもうこの世におりませんので。 「お雪。お前はどうしてそんなにのろいんだよッ。一体、誰に似たんだろうね」 ト、おっかあは何かにつけて姉のお雪を責めますが。 実のところ、真にのろいのは妹のお君のほうでございます。 「おっかあ」 「何だい。お君」 「あたい、苺がべたい」 時は十二月。 外は一面の雪景色。 苺は六月に実をつける。 夏の水菓子でございます。

    苺の六郎、雪の十二郎 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2018/04/13
    山梨の民話より
  • 江戸怪談より 「金弥と銀弥」 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 さる国の城の奥御殿に。 侍女が二人おりまして。 名を金弥(きんや)に銀弥(ぎんや)ト申しましたが。 容姿は世にも愛らしく。 仲はト言えば睦まじく。 起き伏し常にともにあり。 いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)で。 「銀弥さん」 「はい、金弥さん」 ふっくらト白いもち肌に。 緑の髪を肩まで下げ。 紅い唇をすぼませながら。 「お花が咲いておりますねえ」 「当。きれいに咲いておりますねえ」 ナドト微笑み合う様は。 まるでメジロの姉妹のようで。 十六の娘盛りではございますが。 あどけなさはほんの童女のよう。 二人の零れんばかりの愛嬌に。 主君も深く慈しんでおりましたが。 ある時のことでございます。 金弥がふとした風邪心地から。 ひどく患いつきまして。 遠く離れた父母の家に。 しばし里帰りトなりました。 ところが、それから待てど暮らせど。 一向に金弥の消息がございませ

    江戸怪談より 「金弥と銀弥」 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2018/03/25
    鈴木桃野「反古のうらがき」より
  • 九十九の指と一つの首 指鬘外道 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-

    こんな話がございます。 天竺の話でございます。 舎衛国(しゃえいこく)に、さる高名な婆羅門(バラモン)がおりました。 婆羅門ト申すは、かの国古来の祭祀者でございまして。 かの国では人は生まれながらに四つの階層に分かれておりますが。 その最上位が、この婆羅門と呼ばれる者たちでございます。 王侯貴族でさえ、その下位に甘んじているトいう。 もっとも、釈尊は婆羅門ナドどこ吹く風でございましたので。 仏家ではこれを外道(げどう)ト称します。 この高名な婆羅門は、三経に通じ五典を究めた人物で。 国の政事から種々様々な学問に至るまで。 この者に学ぶ者は実に五百人を数えておりました。 さて、この婆羅門には寵愛する優れた弟子がおりまして。 一名を鴦掘摩(おうくつま)ト申しましたが。 かの国の言葉では「アングリマーラ」ト発します。 何だか、ボンヤリと間の抜けたような名前でございますが。 その意味するところは「

    九十九の指と一つの首 指鬘外道 | 砂村隠亡丸の余苦在話-よくあるはなし-
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    onboumaru 2018/03/18
    仏典「仏説鴦掘摩経」より。