こんな話がございます。 ある春の初めのこと。 出羽国は羽黒山の山伏が、大和の葛城山へ向けて、尾根伝いに修行の旅に出ました。 大和国に入ると、春日という里がございます。 そこに大きな池があるというので、憩いがてら立ち寄ってみることにいたしました。 教えられたとおりに歩いていきますと、やがて広い野原に出ました。 その真ん中にぽっかり穴が空いたように、確かに池がございます。 水面は穏やかで波打つこともまるでなく、水は清く澄みきっております。 まるでよく磨き上げられた鏡のよう。 山伏は池の畔に腰掛けまして、旅の疲れを癒やしておりましたが。 池の水のあまりに清らかなのに心を奪われ、そっと覗いてみますト。 陽の光を受けて、水のおもてはまさに鏡のように輝いている。 身も心も我知らず、いつしか吸い込まれていきそうな心持ちになりました。 ト――。 「もし」 不意に声を掛けられて、山伏はハッと我に返りました。