こんな話がございます。 陸奥国は遠野ト申す地に。 男盛りの猟師が一人おりまして。 名前を嘉兵衛ト申しましたが。 この嘉兵衛が山へ猟に出た時のこと。 一日中、山を歩き回っても獲物は見つからず。 銃の掛け紐が肩に重くめり込みます。 歩き疲れて足はすでに棒のよう。 がっくりうなだれ、山を降り始めたのが薄暮れ時で。 不意に目の前の笹原を撫でるようにして。 風がさらさらト音を立てて、通り過ぎていきました。 嘉兵衛はその風に誘われでもしたように。 何の気なく顔を上げて見ましたが。 その風を向かい撃つかのようにして。 こちらへ向かってくる髪の長い女がひとり。 背中に嬰児(みどりご)をおぶっている。 色の白く、美しい女でございます。 子供を結いつけた襷(たすき)は、藤の蔓。 着物は常の縞模様でございますが。 裾のあたりが尋常でないほどに破れている。 それを、何を思ったのか、木の葉を集めて縫い付けています。
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