こんな話がございます。 都が奈良にあったころの話でございます。 陽は山の端に傾き入り。 群青の闇が押し寄せる中。 墨を引いたように続く一本道を。 ぽつぽつ歩く人影がひとつ。 これは名を寂林(じゃくりん)ト申す旅の僧。 まだ三十路にも手の届かぬ若い聖でございます。 十六年前に故郷を出て以来。 諸国行脚の修行の最中で。 僧にもかつて愛しい母がおりましたが。 その母が不慮の死を遂げましたのを機に。 母への、土地への、根深い執着を断たんがため。 一念発起、国を捨てたのでございます。 さて、ここは大和国は斑鳩の。 寂林法師のその生まれ故郷。 長年の修行は心を堅固にし。 もはや、母へも国へも何ら想いはございません。 里外れの一本道に。 風がひゅうひゅう吹きすさぶ。 草木がさらさらトなびきます。 ト、その時、行く手の藪の中に。 怪しき人影が見えました。 前かがみに両手を膝へ突き。 ムチムチと肉付きの良い