およそ30年前の湾岸戦争の停戦後に決まった自衛隊初の海外派遣。 当時、日本は巨額の支援を行いましたが、「湾岸のトラウマ」とも言われるほど国際社会の評価は厳しいものでした。 切迫した状況の中、政府内ではどのような議論が行われていたのか。 21日に公開された極秘の外交文書の内容を詳しくお伝えします。 Q.そもそも湾岸戦争とは? 1990年8月2日、イラクが突如として隣国のクウェートに侵攻し、当時のイラクのフセイン大統領は制圧後、クウェートを19番目の県だとして併合を宣言しました。国際社会は一斉に非難し、国連安全保障理事会は直ちに「イラクの行動は国際法違反だ」と断定するとともに、クウェートからの撤退を求める決議を採択しました。 冷戦の終結によって唯一の超大国となっていたアメリカは国連安保理決議に基づいて多国籍軍を結成。そして、1991年1月にイラクへの軍事行動に踏み切り、湾岸戦争の開戦となりまし
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