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糸井重里に関するotakechibiのブックマーク (11)

  • 黄昏 浅草・スカイツリー編 - ほぼ日刊イトイ新聞

    南伸坊さんと糸井重里が、ちょっとした旅行をしながら、めくるめく雑談を繰り広げるのんびり企画。今回は、浅草とか、スカイツリーとか、そういったあたりを回ってきましたよ。それから、書籍『黄昏』が文庫になりました。なんと新潮文庫に仲間入りです。まだ読んでない人は、ぜひどうぞ。

    黄昏 浅草・スカイツリー編 - ほぼ日刊イトイ新聞
  • 糸井重里 40歳の頃には「絶対に戻りたくない」理由 | AERA dot. (アエラドット)

    「論語」には、孔子の教えとして、「40歳になると、事理が明らかになって、物事に惑うことがなくなる」と記されている(撮影/写真部・加藤夏子) コピーライターとして長年活躍している、糸井重里さん。しかしそんな糸井さんでも、40歳を迎えた時には悩んだという。当時のことを次のように振り返る。 * * * 僕にとって40歳は25年前。暗いトンネルに入ったみたいでつらかったのを覚えている。絶対に戻りたくない、というくらいにね。 そのつらさは、自分がまだ何者でもないことに悩む、30歳を迎えるときのつらさとは別物だと思う。40歳を迎えるとき、多くの人は仕事でも自分の力量を発揮できて、周囲にもなくてはならないと思われる存在になっていて、いままでと同じコンパスで描く円の中にいる限りは、万能感にあふれている。 でも、40歳を超えた途端、「今までの円の中だけにいる」ことができなくなる。自分でもうすうす、今までのま

    糸井重里 40歳の頃には「絶対に戻りたくない」理由 | AERA dot. (アエラドット)
  • 「箱入りじいさん」の94年。 やなせたかし×糸井重里 - ほぼ日刊イトイ新聞

    ボーッと見えることは見えるんでね、 このくらい大きく描いて、それを縮小して、 渡してるんです。 今日の仕事も、石ノ森章太郎と手塚治虫の 追悼のために、両方の絵を描く、 という依頼だったんですけど、 デカく描いて、縮小させました。 ぼくは理事長とか、いろんな選考委員、 全部降りたんですよ。 そしてもう引退するって言ったときに、 東日大震災が起きた。 その時に引退なんて甘いことは言ってられない。 あの人たちに比べれば、 自分のほうがよほどまだ元気だからっていうことで、 引退は撤回したんです。 撤回して、向こうへ、うちの声優たちを慰問にやったり、 向こうでコンサートをやったり、現物を寄付したり、 いろいろしてたんです。 だから、まだ、引退はしてないんですけどね、 現実はもうダメなの。

    「箱入りじいさん」の94年。 やなせたかし×糸井重里 - ほぼ日刊イトイ新聞
  • 「箱入りじいさん」の94年。 やなせたかし×糸井重里 - ほぼ日刊イトイ新聞

    ボーッと見えることは見えるんでね、 このくらい大きく描いて、それを縮小して、 渡してるんです。 今日の仕事も、石ノ森章太郎と手塚治虫の 追悼のために、両方の絵を描く、 という依頼だったんですけど、 デカく描いて、縮小させました。 ぼくは理事長とか、いろんな選考委員、 全部降りたんですよ。 そしてもう引退するって言ったときに、 東日大震災が起きた。 その時に引退なんて甘いことは言ってられない。 あの人たちに比べれば、 自分のほうがよほどまだ元気だからっていうことで、 引退は撤回したんです。 撤回して、向こうへ、うちの声優たちを慰問にやったり、 向こうでコンサートをやったり、現物を寄付したり、 いろいろしてたんです。 だから、まだ、引退はしてないんですけどね、 現実はもうダメなの。

    「箱入りじいさん」の94年。 やなせたかし×糸井重里 - ほぼ日刊イトイ新聞
  • 糸井重里「ブラック企業が生まれる理由」 | リーダーシップ・教養・資格・スキル | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

    ※インタビュー(上):糸井重里「楽しいからこそ、仕事はできる」 世の中がおもしろくない、とは言うまい ――企業にいると、自分で仕事をつくり出す人もいますが、ほとんどの人は仕事が上からふってきます。それをきちんとこなしていくことも大事ですよね。 そうですね。展覧会で紹介している「99の『はたらく人』のことば。」にもありますが、萩欽一さんが、「したくない仕事しか来ない」と言ってるんです。あんなに視聴率をずーっと稼ぎまくってきたのに、「不意な仕事しかなかった。全部と言っていいぐらい不意な仕事だった」って。それをやりたい仕事に変えるんだって。不得意な司会を「やってみろ」と言われて、「エエッ、司会なんてできないよ」と。でも、そこから始まるんです。 ――自分の向き不向きは、あんまり決めつけないほうがいい、ということですね。 向いてない人ばっかりなんじゃないですか(笑)。 ――ああ。そこから自分で

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  • <テレビの持ってるいいところ。> ほぼ日刊イトイ新聞-ダーリンコラム

    糸井重里がほぼ日の創刊時から 2011年まで連載していた、 ちょっと長めのコラムです。 「今日のダーリン」とは別に 毎週月曜日に掲載されていました。 テレビの持ってるいいところ。 2009-10-05 テレビの天下は終わりつつある。 そういう時代になっているのは、よくわかる。 広告が減っているのは一目瞭然だし、 その制作の予算も減っているらしい。 テレビに向かってやってくる「お金」の流れが 減っているということだ。 だけど、衰退していると思われているときには、 なんでも「だめ」に見えちゃったりするものだから、 逆に、こういうときにこそ、 「いいところ」を、ちゃんと探しておくほうがいい。 「お金」が集まらなくなったら、 たしかにパワーは減衰するかもしれないけれど、 量的な「ちから」でないもので、 減らない「いいところ」というものが あるはずだと思うのだ。 なんてことをいつも考えていたわけじゃ

    <テレビの持ってるいいところ。> ほぼ日刊イトイ新聞-ダーリンコラム
  • 使い回しとか、ありあわせ。 ほぼ日刊イトイ新聞-ダーリンコラム

    糸井重里がほぼ日の創刊時から 2011年まで連載していた、 ちょっと長めのコラムです。 「今日のダーリン」とは別に 毎週月曜日に掲載されていました。 使い回しとか、ありあわせ。 2009-08-17 「ありあわせ」とか「使い回し」って、 あんまりいい意味で使われてないけれど、 なんかさ、ものすごく好きだなぁ。 「新しいなにか」が生まれるときって、 「その新しいなにか」の部品や環境が、 すべてそろっているはずがないんだよね。 自動車がはじめて走ったとき、 その車体は、おそらく馬車のものを そうとう流用したと思わない? よく語られるけれど、 ホンダの最初の原動機付き自転車って、 ガソリンタンクが「湯たんぽ」だったっていう話。 伝説なのか、事実なのか知らないけれど、 わざわざどこにもないガソリンタンクをつくるより、 そこにある「湯たんぽ」を有効に利用するほうが、 先に進めるに決まってるもんね。

    使い回しとか、ありあわせ。 ほぼ日刊イトイ新聞-ダーリンコラム
  • ほぼ日刊イトイ新聞

    ・「散歩」というのは、人間の歴史のなかでも、 ある時代に新しく生まれた文化だろうと思います。 たぶん、ある時代まで「散歩」なんてなかったでしょう。 目的も順路も決まってなくて、あちこち見ながら歩く。 これは、なかなか高度な文化であるような気がします。 理由があって、目的地があって、そこに向けて歩く。 それが、たぶん歩くことの基なのだろうと思います。 しかし「散歩」には目的地はいらないし、 そこまではやく到着する必要などもない。 目的に対しての「途中」こそが「散歩」ですよね。 考えてみると「旅」というものにも、 目的地やそこに行く目的があるかもしれませんが、 ほんとは、その「途中」の時間を「旅」と名付けて たのしんでいる文化なのではないでしょうか。 これについては、それほど簡単には言えませんが、 「恋愛」というのも「途中」の文化のような気がします。 「旅」なんかと同じように「目的」もあるか

    ほぼ日刊イトイ新聞
  • <ほんとに成功する法則。>ほぼ日刊イトイ新聞-ダーリンコラム

    糸井重里がほぼ日の創刊時から 2011年まで連載していた、 ちょっと長めのコラムです。 「今日のダーリン」とは別に 毎週月曜日に掲載されていました。 ほんとに成功する法則。 2009-08-03 お、ひさしぶりだな。 元気だったかい。 そうか、元気でなんか読んでるのかい。 ビジネスを中心に読んでるのか、ふーん。 ビジネスっていうのは、 なんだか要するに「成功」について書いてあるみたいだね。 「成功」した人や会社の例を研究したり、 その「成功」にどういう新しい発見があったかとか、 「成功」するには、おれのようにしなさいとか、 だいたいは、そういうテーマだよ。 いろいろあるけど、「成功」がテーマなんだよな。 でさ、「成功」って、 これまた法則があるんだよな。 いわゆる「成功の法則」というものは、あります。 たしかにあるんだよ。 教えろ? 言われなくても教えるよ。 すぐ教えちゃう。 これさ

    <ほんとに成功する法則。>ほぼ日刊イトイ新聞-ダーリンコラム
  • ほぼ日刊イトイ新聞 -吉本隆明・まかないめし。

    思想界の巨人とか言われていたって、世間話もするし、 「ただのおとうちゃん」として暮らしている時間がある。 ぼくはそっちの時間の吉さんの話ばかり聞いているんで、 まかないめしで栄養をつけてきたようなものだ。 吉隆明さんとは15年以上にもわたって、 しょっちゅうお会いしているのに、 ほとんど世間話しかしていないような気がする。 それでも、「世間」というものも大きいわけで、 詩やら文芸批評やら哲学、なんていうような話題が どうしても混じり込んでしまうものだ。 たまに、じぶんより若い人と話をしているときに、 「そういえば、そういうことについて、 吉さんがこんなこと言ってたっけなぁ」と、 思い出したことを話すと、 「思想家・吉隆明」を知らない人たちが、妙に感心する。 ぼくは、いわゆる吉信者でも隆明ファンでもないけれど、 (だいたいぼくには、<吉>は難しかったよ)、 近所の尊敬できる年長

  • 適切な大きさの問題(1)

    休みの日でもないのに昼間からビールを飲んでいると、「ダメな人」みたいなレッテルを貼られてしまう。だから、まっとうな日人は昼間からビールを飲まない。でも、それって当にそんなダメなことなんだろうか? 僕は自分の「好き」に忠実に生きたい。 昼間からビールを飲みたい。歩きながら歌を歌いたい。をたくさん読みたい。出会った人と語りたい。愛する人たちと一緒にいたい。でも、一人でいたい時は一人でいたい。 誰もが好きなことを見つけて、自由に自己実現していけるようになればいいと思う。そうすれば世の中はもっと楽しくなる。活気にあふれてくる。周りに迷惑さえかけなければ、誰かを悲しませさえしなければ、人は自由に生きていいはずなんだ。 とはいえ、日々は楽しいことより苦しいことの方が多い。病気でない人が「健康だなぁ」なんて言わないように、「自由に生きたい」と思うのは縛るものがあるから。 そんな毎日だからこそ、たと

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