差別の本質は、差別行為を正当化する社会の『空気』にある togetter.com anond.hatelabo.jp ↑の件について。 まず私は、差別とは侮辱や排外等の個人が行う「差別行為」が問題なのではなく、特定の属性に対する個人の嫌悪感からの差別行為が社会的に正当化されてしまうような「空気感」が問題なのであり、その空気こそが差別の「本質」なのだと考えています。 黒人、LGBT、宗教、女性、朝鮮人、部落出身者、オタク、ネクラ、キモい人間、etc…。彼・彼女等が「一般人」と世間的に対等な存在とみなされているのであれば、彼・彼女等を個人的に嫌い「差別行為」を行うことは、褒められた行動ではありませんが、まだ、個人の好き嫌いの範疇です。 こうした「差別行為」に関しては、被害者に反論の機会も与えられますし、何より加害者自身が、周囲からそうした差別行為を咎められ、批判されるでしょう。これらの行為は、