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ブックマーク / note.com/nyake (4)

  • 批評の文体をひらきたいー2025年から考える|三宅香帆

    文体にいちばん興味がある。昔から。 自分は小説も好きだが、漫画のことは心の底から愛しているし、ドラマも大好きだし、舞台を見ているときのときめきもほかには代えがたいものがある。フィクションのことが好きだと言い切る点においては、小説漫画もドラマも舞台も映画音楽の歌詞も同様に好きである。しかし私は文芸評論家と名乗っている。それはなぜかというと、文芸、というか文章で書かれた「文体」については、いくらでも評することができるからだ。 正直、絵や映像については評せない。台詞や展開にしか興味がわかない。だから漫画のことは好きだけど漫画評論家とは言えないなあ、と思っている。まあ要は自分に批評家としての才能があるとすると、テキストを読むことができる、言葉で書かれた文章の文体というものへの敏感さがある、これに尽きると思っているからだ。自分で言うのも何なのだが。ほんと。自分でこんなことが得意だなんて言うもんじ

    批評の文体をひらきたいー2025年から考える|三宅香帆
  • 「『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』はどこが間違っているのか」はどこが間違っているのか |三宅香帆

    飯田一史さんの「『なぜ働いているとが読めなくなるのか』はどこが間違っているのか(抄)」という記事を拝読しました。飯田さんの、出版業界の現状について統計データを用いて検証しようとする姿勢に、あらためて敬意を表したいです。 なのですが、拙著を「間違ってる」と言い切るにしては、データの定義のズレや、ダブルスタンダードと指摘せざるを得ない箇所が多々ありました。 あくまで建設的な議論のために、そしてなによりも『なぜ働いているとが読めなくなるのか』読者の皆様に向けて、ここに事実関係とデータの解釈についての反論を記します。 前提   『なぜ働いているとが読めなくなるのか』は何を主張したかまず大前提として、『なぜ働いているとが読めなくなるのか』は、「かつて読書習慣があったにもかかわらず、働き始めてから読めなくなった人々」という特定の層が抱える悩みについて、それが個人的な問題ではなく社会構造上の問

    「『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』はどこが間違っているのか」はどこが間違っているのか |三宅香帆
    pha
    pha 2025/12/14
  • 同人誌の企画中止につきまして|三宅香帆

    私の同人誌企画およびそのアンケートにつきまして、ご批判を受け、同人誌企画は延期させていただきます。企画のアンケートで傷つけてしまった方には、心よりお詫び申し上げます。当に申し訳ございませんでした。 ご批判とはこちらのブログのことです。 そもそも企画の意図につきましてこれは私の個人的な興味なのですが、私は受容史というものが、とても好きです。たとえば万葉集について平安時代の官僚が「読みづらくて難しい(意訳)」と書かれていたり、あるいは源氏物語を読んだ菅原孝標女が「こんな恋愛したい」と書き残していたり、そのように「どのように物語を受容したのか」という点について記録が残っていること自体に、とても惹かれるのです。おそらく物語そのものが残ることと同時に、その物語をどう読んでいたのか? という記録が残っていること自体に、胸がじんと熱くなるのです。 そういう意味で、たとえば最初は(ざっくりと)男性向け

    同人誌の企画中止につきまして|三宅香帆
  • ジェンダーSF文学としての最高傑作『大奥』――萩尾望都、山岸凉子、アトウッド、そしてよしながふみの文脈――|三宅香帆

    ジェンダーSF文学としての最高傑作『大奥』――萩尾望都、山岸凉子、アトウッド、そしてよしながふみの文脈―― ※こちら『大奥』最終巻を読んでの感想になりますので、盛大にネタバレしてます。ご注意ください~。この記事を加筆修正した文章が『女の子の謎をとく』という書籍に収録されています! よければぜひ。 「私たちはなぜ産む性として生まれてきたのか」。 ジェンダーSF文学作品がずっと考えてきたのは、その解けない疑問だった。 萩尾望都が、山岸凉子が、マーガレット・アトウッドが、そしてよしながふみが、そして彼女たちの作品の読者が、ずっと考え続けてきた問いだろう。 はじめによしながふみの『大奥』が完結した。全19巻、圧巻の結末だった。 『大奥』の物語が始まるのは、徳川家光が将軍だった時代。赤面疱瘡という疫病が流行り、若い男性人口が激減する。男性はおよそ5人に1人しかいないという時代になった日では、将軍も

    ジェンダーSF文学としての最高傑作『大奥』――萩尾望都、山岸凉子、アトウッド、そしてよしながふみの文脈――|三宅香帆
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