「バレーボール部?」 ってみんなが言う。近所のおばさんとか。私が175センチもあるから。バレーとかしてないですけど。あら、もったいない。何がもったいない? 私の背がもったいない? それってバレーでもしてなきゃ、でくの坊ってわけ? キリ子と呼ばれて振り返る。キリンみてえと誰かが言って定着した私のあだ名。みんな悪意もなく私をキリ子と呼んで、私も当たり前みたいに返事をする。別に普通のことだと思ってる、みんなも私も。でもみんなは知らない。たしかにほんの少しずつ、自分でも気づかないくらい少しずつ、私の何かが削られていく。キリ子って呼ばれるたびに私の心が薄く削られてく。ほんの少しの違和感を覚えて、それをノータイムで自動的に捨てる、その作業のたびに私の心が消費されてく。ほんとかな? そんな風に心なんて減るもの? 知らない。 「キリンは脚を攻撃すると、いいんだぜ?」 とつぜん脚に衝撃を感じて振り返ると、水
3月11日以降、震災の影響を受けた企業に対する融資枠が県知事の指示により唐突に創設され――新聞の朝刊の地域欄に突然その概要が発表されてはじめてその制度のことを知った――間接的な影響でも融資が可能とのことだったので、その焼き肉店へも(世間の自粛ムードの影響による売り上げの減少)という理由で融資を利用してはどうかと提案をし、「借りておこうかな、どうしようかな、検討します」と迷っていたところへ、ユッケの食中毒事件が起き、その影響もあったようで、あらたに借入をするよりも、現状の返済額を減らしてほしいと店主から融資条件変更の申し出を受けるに至った。 一度融資の条件変更をしてしまうと、建前上どうかは別として、返済能力に問題ありとみなされ、今後新規の融資による資金調達が難しくなってしまうという現実があるため、もう少し現状のままの金額で返済を続けてみましょうということで話は終わった。 売り上げを伸ばすため
以下は預言者パウルの半生の数場面につづく物語である。
1.パウルの誕生と青年時代 小生の父となるタコは老獪で恐れを知らず、母となるタコは優美で美しかった。 諸兄は、タコの交尾というものをご存知であろうか。なんでも脊椎世界には「くんずほぐれつ」という言葉があると聞くが、たった4本ぽっちの手足しか持たない脊椎動物からそのような言葉が生まれるということ、そこに小生はいささか哀しみのようなものを覚えずにはいられない。 小生の父にあたるタコと、母にあたるタコは海底で出逢うとすぐさま、8本、8本、計16本の足を絡め、ちょうちょう結び、いかり結び、あやとりの東京タワーなどを即興で作り上げながら、性の営みに情熱の限りをつくした。まさに「くんずほぐれつ」である。その記憶はいまも海に漂っており、ふとした海水の流れから当時の彼らの熱狂をうかがい知ることができる。 母にあたるタコが産卵し、小生の人生の出発点となったのは、原発の排水によってあたためられた海であった。
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