白球を追いかけた者なら誰もが憧れる甲子園。夏はことしで100回目を迎えますが、歴史上ただ1度だけ、公式には数えられていない「幻の甲子園」と呼ばれる大会があったのをご存じでしょうか。この昭和17年(1942年)の大会で決勝の舞台に立ったキャッチャーが、ホームベースから見つめていた景色とは。(京都放送局記者 佐藤崇大) 原田清さん ことしの夏の高校野球京都大会。車いすで球場に向かう男性の姿がありました。原田清さん(91)です。 平安中学=今の龍谷大平安高校のキャッチャーとして「幻の甲子園」に出場、準優勝を果たしました。 球場で母校の選手を応援するのは、そのとき以来初めて。龍谷大平安のコーチに出迎えられ、現役の選手たちに「がんばってね」と声をかけます。 少しでも日陰で見てもらおうと選手の親たちが車いすを持ち上げてバックネット裏の日陰まで運んでくれました。 紺色に白で平安のHの字が入った、母校の帽
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