「ぶさにゃん」や「必死すぎるネコ」などのネコの愛くるしい仕草を洗い出した猫写真家 おきまさゆき氏の新刊 写真集「残念すぎるネコ」から作品を展示いたします。おき氏が捕らえたまた新たな様々なネコの仕草をご堪能ください。 写真集、ポストカードなどのネコグッズの販売も予定しております。 DATE 2018年11月28日(水)~12月9日(日)開館時間:12:00-19:00(最終日は17:00まで) 休館日:月曜日、火曜日 入場料:無料
「ぶさにゃん」や「必死すぎるネコ」などのネコの愛くるしい仕草を洗い出した猫写真家 おきまさゆき氏の新刊 写真集「残念すぎるネコ」から作品を展示いたします。おき氏が捕らえたまた新たな様々なネコの仕草をご堪能ください。 写真集、ポストカードなどのネコグッズの販売も予定しております。 DATE 2018年11月28日(水)~12月9日(日)開館時間:12:00-19:00(最終日は17:00まで) 休館日:月曜日、火曜日 入場料:無料
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2027年に開業する予定のリニア中央新幹線の工事で、東京都内の地下深くを通るトンネルの起点となる品川区の工事現場が報道公開されました。 都内周辺では、地下深くにトンネルを通す計画で、28日、この工事の起点となる品川区の現場が報道関係者に公開されました。 直径30メートル余り、深さおよそ90メートルの巨大な縦の穴が掘られていて、今後、この穴の底に掘削機械のシールドマシーンを運び込み、およそ9キロのトンネルを掘り進めます。 また、この空間はリニア開業後に乗客などが緊急時に地上に出る避難経路に使われることになっていて、階段やエレベーターの設置工事も行われる予定です。 JR東海中央新幹線建設部の吉岡直行担当部長は「工事は順調に進んでいて、今後、準備が整いしだいトンネルの掘削に入る。地元への丁寧な説明をしたうえで着実に進めていきたい」と話していました。
東京都大田区で今年5月、主婦が車にはねられた事故は、イヤホンを付けて近くを走っていた自転車が原因だったとして、警視庁は27日、自転車に乗っていた東京都大田区の医師の男(30)を重過失傷害と道路交通法違反(ひき逃げ)の容疑で東京地検に書類送検した。警察庁によると、直接、自転車が人をはねていない事故で、イヤホンの「ながら運転」が立件されるのは極めて異例。警視庁は、起訴を求める厳重処分の意見を付けた。 警視庁幹部によると、医師は5月11日午前8時20分頃、イヤホンを付けたまま自転車を運転し、大田区南蒲田の五差路交差点で乗用車と出合い頭に接触。急ハンドルを切った車が、近くにいた自転車の主婦(44)をはねて重傷を負わせた。周囲の防犯カメラには、事故の後、壊れた自転車からタクシーに乗り換えて現場から走り去る医師の姿が映っていた。
カジノを含む統合型リゾート(IR)の誘致に意欲を示している名古屋市の河村たかし市長は26日、ナガシマリゾート(三重県桑名市)周辺でIRを整備できないか三重県などに提案したことを明らかにした。東海地方随一の集客施設に新たな目玉を加え、地域全体を盛り上げたいとしているが、三重県と桑名市は慎重な姿勢だ。 河村市長はこの日の会見で、IRの候補地を来春にも選ぶ方針を表明し、ナガシマリゾートのほか、名古屋市中心部と名古屋港を挙げた。規模は5~10ヘクタールとし、運営会社や市民の意見を聞き、誘致に乗り出すかどうかを決めるとした。 ナガシマリゾートについて、「市外だからという狭い了見ではなく、地域が盛り上がってくれれば。ナガシマにIRを足すと、東京ディズニーランドぐらいのものができる」と述べた。名古屋市としてどう協力するかを問われると、「みんなで行こみゃあということ」と述べた。 IRを巡っては、愛知県も中
日産自動車元会長のカルロス・ゴーン容疑者(64)の報酬過少記載事件で、ゴーン元会長が2008年、私的な金融取引で生じた十数億円の損失を日産側に付け替えた疑いがあることが27日、関係者の話で分かった。当時、証券取引等監視委員会も把握し、問題視していたという。関係者によると、ゴーン元会長は個人資産の一部を銀行の通貨デリバティブで運用。08年のリーマン・ショックを受けた急激な円高で一時、十数億円の損
コラムニストの勝谷誠彦さんが28日未明、亡くなった。享年57歳。関係者が明らかにした。勝谷さんは8月22日に腹痛を訴えて緊急入院。2007年1月から毎朝続けてきた有料配信メール日記を初めて休載し(配信は代筆で継続)、劇症肝炎の療養に入っていた。その後、一時退院したが、10月下旬から再度、療養生活に入っていた。 勝谷さんは1960年、兵庫県生まれ。早稲田大学在学中からフリーライターとして活動し、編集プロダクションを設立。1985年に大学卒業後、新卒入社した電通を数か月で辞め、文藝春秋に転職。花田紀凱氏が当時編集長だった「週刊文春」の記者として活躍した。文春時代は、フィリピンのマルコス政権を民衆が倒したエドゥサ革命(1986年)や、三井物産マニラ支店長誘拐事件(同)、湾岸戦争(91年)など海外の歴史的事件を相次いで取材。また、在籍当時の週刊文春は、1989年の東京・足立の女子高生コンクリート詰
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