「四大証券」の一角、山一證券が自主廃業したのは、会社創立100年にあたる1997年のことだった。それから20年、「モトヤマ」と呼ばれる元山一證券社員は、いかにして再起を図ったのか。 消えた会社の影とともに 嘉本隆正は、山一證券が1997年に自主廃業した直後、社内調査委員会を組織して破綻原因を追及した硬骨の元常務である。 大混乱のさなか、彼らは土日を返上し、事実解明と公表のために無制限の残業を続けた。初めの3ヵ月間は無給である。私は彼とその仲間たちの悪戦を、『しんがり――山一證券最後の12人』(講談社)に描いた。それからしばらく経った2015年のことである。 その本の中で、嘉本たちがまとめた106ページの社内調査報告書を、山一の元支店長たちのところへ送った――と書いたところ、嘉本の自宅に電話があった。18年前の海外支店長からだった。 「私には報告書は届きませんでした」 嘉本は、自宅に残ってい