50歳を過ぎた私の人生において、(天安門事件の起きた)1989年6月は、重大な転機となった。それに先立って、文化大革命のあとに大学入試が再開され、その1年目に私は大学生となった。学士から修士、そして博士まで、学生生活は順風満帆だった。卒業後、北京師範大学に残り、教鞭をとることになった。私は学生たちからすこぶる人気があった。また同時に、私は社会的な活動をする知識分子でもあった。1980年代に大きな反響を呼んだ文章や著作も書いた。各地に招かれて講演し、欧米からも声がかかり、学者として赴いた。 私はみずからに課していることがある。それは、人としても、文字を執筆するうえでも、誠実に、責任感を持ち、そして、尊厳を保って生きることだ。私は、アメリカから中国に戻り、1989年の学生たちの運動に参加したあと、“反革命宣伝扇動罪”という罪で、監獄に入れられた。愛してやまない教壇から去らねばならなかった。そ
![「私には敵はいない」 全文掲載(日本語訳)|NHK NEWS WEB](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/76525b9f2586b8b7e418741fe1d006b6a5029baa/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fwww3.nhk.or.jp%2Fnews%2Fweb_tokushu%2Fstill%2F0718_05_writing.jpg)