思いつくままに挙げるだけでも、小説の笙野頼子、自由論の酒井隆史、文学の白石嘉治、労働問題の入江公康、精神分析の樫村愛子、経済学の中山智香子、歴史社会学の石原俊、教育学の大内裕和、政治学の木下ちがや、若者学の雨宮処凜、少女映画研究の河野真太郎といった具合に、日本語で簡便に読める書物の中でも、新自由主義に対する近年の批判言説には相当な蓄積がある。それだけ新自由主義は人間生活のあらゆる分野を侵食しているとも言える訳だが、これだけ詳細かつ広汎に批判されながらも、そこからの脱出の道筋がなかなか見出せないというのが現今の状況だろう。グローバリズムとローカリズムとの関係をめぐって、ひところ「グローカリズム」という用語がはやったことがあった。グローバルに思考しながらローカルに行動しようといったことだったと思うが、しかしすでに半世紀になろうとする新自由主義グローバリゼーションによって、そのような楽観主義は影