ケベック州に住む15歳のウィリアム・ガドリー君は現地に行くことなく、メキシコのユカタン半島のジャングルの中から、古代文明の遺跡を発見した。地元紙のジャーナル・デ・モントリオールによると、彼は「火の口」を意味する「ク・アアク・チ」と名付けたという。
![マヤ文明の隠された都市、カナダの高校生が発見したかと思われたが......【UPDATE】](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/fb941451c938539689a9d3ffb35a0aab1f3c4a46/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fimg.huffingtonpost.com%2Fasset%2F5c634c232500004401c7f80d.jpeg%3Fops%3D1200_630)
カナダ人の少年が衝撃的な偉業を成し遂げた。カナダ・ケベック在住の15歳の少年William Gadoury君は、「マヤ暦で2012年に世界の終りが予言されている」という逸話を知ったことをきっかけに南米の古代文明に興味を持ち、3年前からある仮説を立てて独自に「研究」を行っていた。その仮説とは、マヤ文明の古代都市が星座の並びを模して配置されているというものである。 Gadoury君は 「なぜマヤ文明の都市は川から離れた山奥の不便な場所に造られたのか?」 と疑問を持ち、上述の仮説を思いついた。この仮説を検証するためにGadoury君が使ったツールはなんとGoogle Maps。Gadoury君はマヤのGISをダウンロードして地図上にプロットし、その地図に南米から見ることのできる範囲の星図を重ね合わせてみた。 結果、驚くべきことが明らかになった。マヤ文明の117の都市が実際の星の並びと一致していた
古代ギリシャ史、ギリシャ神話を専門に勉強している藤村による、高校の世界史の授業ではスルーされる陶片追放の違った一面、古代美術、ギリシャ神話等の話。 一部過激な表現がございますのでご注意下さい。 第一話:http://togetter.com/li/665073
藤村シシン🏛 @s_i_s_i_n 古代人の他愛ない壁の落書きを読んでみたい、誤字まみれの冴えない言葉でもいい、生の古代人の声が聴きたい!と思って古代ギリシャ語を学び始めたけど、いざ落書きが読めるようになると「あの少年の股で素股したい」とか「あの男を犯すしかない…好き」とかろくでもない言葉で溢れている事に気づいた。 2014-04-27 23:07:35 藤村シシン🏛 @s_i_s_i_n 文字を書けない人が多かった古代ギリシャ社会で、アポロンの壺絵の下に「リュシアス 好き 彼 きれい すごく」って落書きがあると、「私が愛するリュシアスはアポロンの如く美しい」って言いたかったんだろうな、って思って胸が熱くなる! 2014-04-27 23:23:59
藤村シシン氏はじめ皆様の古代ギリシャ、古代ギリシャ語の性的な話を纏めさせて頂きました。 タイトルの通り性的な表現が多いのでご注意下さい。 【藤村一味の他のまとめ】 http://togetter.com/t/%E8%97%A4%E6%9D%91%E4%B8%80%E5%91%B3
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猿酒(さるざけ)は、木の洞や岩の窪みなど自然界で発見される、人の手が加わっていない酒のことである。 概説[編集] 猿が溜め込んだ果実が発酵したものと理解されて、猿酒やましら酒と呼ばれる[1]。 ただし「野生のサルが食料を貯蔵する習性はないとされている。したがって猿酒は存在しないと考えてよい」[2]との説もある。そもそも自然界には酵母が多く存在しているため、果実が自然に落下しただけでも発酵することはある[3]。 サルナシはサルがこの果実を猿酒にしたとされることから名づけられた[4]。 類似した伝説としてはミサゴが魚を巣に溜め込み、自然発酵させたといわれる「鶚鮨(みさごずし)」がある。 秋田県横手市の伝説には、サルを加工して作られたとされる猿酒というものが伝えられる[5]。 日本の古語では果実酒をさす。晩秋の季語でもある。[6] 日本で飲まれる酒の多くが米や麦など穀物を原料とするものだが、樫や
ギリシャの首都アテネ(Athens)の国立考古学博物館(National Archaeological Museum)に展示されている、「アンティキティラ島の機械(Antikythera Mechanism)」の一部(2014年9月14日撮影)。(c)AFP/LOUISA GOULIAMAKI 【9月17日 AFP】紀元前2世紀に製作され、世界最古のコンピューターと称される「アンティキティラ島の機械(Antikythera Mechanism)」が見つかった難破船を、革新的な次世代型潜水服を使って調査する考古学プロジェクトが15日、エーゲ海(Aegean Sea)で始まった。 クレタ(Crete)島とペロポネソス(Peloponnese)半島の間に位置するギリシャ領の小島アンティキティラ(Antikythera)島の沖合で1900年、海綿を採取する潜水士たちによって発見された「アンティキテ
古代ローマ帝国を人口から眺めてみよう。あくまで数少ない文献史料と様々な考古学的調査に基づいての暫定的な推定値ではあるが、当時の人口動態とその人口動態を背景とした社会の様子が「古代ローマを知る事典」に概説されている。 まず首都ローマの人口は、イタリア全土を支配下においた紀元前270年頃の時点で約九万人だったが、以後カルタゴを滅ぼし、マケドニアに侵攻し、シリアを制し、ギリシアのアカイア連邦を撃破して地中海の覇権を確立した前130年頃には約三七万五千人に膨れ上がり、血で血を洗う権力闘争の果てにオクタヴィアヌス(アウグストゥス)が即位、アウグストゥスが崩御した西暦14年の時点で約八〇万人の超巨大都市に成長、最盛期となった五賢帝最後のマルクス・アウレリウス・アントニヌス帝時代の西暦164年にはついに100万人となった。西暦164年のローマ帝国総人口は6130万人で、当時の地球総人口三億人の約二〇%が
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