昭和20(1945)年8月、戦争に敗れて連合軍に進駐された日本は、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による間接統治を受け、その占領方針と指示をうけて政策を実行、農地解放、財閥解体、日本国憲法公布などを行った。日本が軍事的にふたたび脅威となることのないよう、陸海軍は徹底的に解体され、また、9月19日に発布(施行は21日)したいわゆる「プレスコード」で、かつての日本軍を称揚したりGHQの政策に異を唱える言論は厳しく統制された。 ここでは二度に分け、終戦直後の日本の新聞はなにを報じたのかを振り返ってみたい。第二回は、昭和20年8月15日から翌昭和21(1946)年2月に掲載された終戦直後の「世相」ついて振り返る。(なお、当時の新聞記事は旧漢字、旧仮名遣いだが、ここでは現用漢字、現代仮名遣いに直す) 第1回記事はこちら:戦時中の報道を反省する社説も…「太平洋戦争」敗戦直後、「新聞」はなにをどう報