並び順

ブックマーク数

期間指定

  • から
  • まで

1 - 19 件 / 19件

新着順 人気順

高柳昌行の検索結果1 - 19 件 / 19件

  • アメリカのジャズ激動期に日本人女性として奮闘、秋吉敏子はなぜいま再評価されるのか? | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)

    日本人でただ一人、ジャズ界最高の栄誉とされる「ジャズマスター賞」を受賞した世界的ジャズピアニスト/作編曲家/ビッグバンドリーダー、秋吉敏子のアルバム12作品の配信が先日スタート。彼女が海外で大きく再評価されている理由とは? ジャズ評論家・柳樂光隆に解説してもらった。 近年、福井良や稲垣次郎、鈴木弘、森山威男などが海外でもその名を知られるようになった。レコードマニアが再発見したり、ストリーミングで発掘されたりしたことで、過去の日本のジャズがちょっとしたブームになっている。日本のフュージョンも人気で、高中正義や菊地ひみこなどが、これまでとは異なる文脈で聴かれているという話をたびたび見かける。シティポップやニューエイジと同様、日本のジャズはレコード市場でずっと人気を集め続けている。 とはいえ、再評価の文脈はレコード経由だけではない。現行世代のアーティストや歴史研究家などからじわじわ再評価されてい

      アメリカのジャズ激動期に日本人女性として奮闘、秋吉敏子はなぜいま再評価されるのか? | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)
    • 「10年後はないかもしれない」大友良英、60代半ばで到達したギター&ターンテーブルの自在境 -後編- TOKION

      投稿日 2023-12-27 Author 細田 成嗣 MUSIC 観察する 35年以上にわたって唯一無二のキャリアを築いてきた音楽家・大友良英インタヴュー後編。ほぼ前人未踏だったと言っていい実験的ターンテーブル奏者としての活動を中心に話を訊く。 大友良英 1959年生まれ。常に同時進行かつインディペンデントに即興演奏やノイズ的な作品からポップスに至るまで多種多様な音楽を作り続け、世界中で活動する。映画音楽家としても100作品以上の音楽を手掛ける。震災後は故郷の福島でプロジェクトFUKUSHIMA!を立ち上げ、現在に至るまで様々な活動を継続している。福島を代表する夏祭り「わらじまつり」改革のディレクターも務める。 https://otomoyoshihide.com ギターもターンテーブルも今まさに最高のプレイができる——前編のインタビューで大友良英はそのような手応えを語っていた。『Sol

        「10年後はないかもしれない」大友良英、60代半ばで到達したギター&ターンテーブルの自在境 -後編- TOKION
      • 「10年後はないかもしれない」大友良英、60代半ばで到達したギター&ターンテーブルの自在境 -前編- TOKION

        投稿日 2023-12-26 更新日 2023-12-27 Author 細田 成嗣 MUSIC 観察する 35年以上にわたって唯一無二のキャリアを築いてきた音楽家・大友良英インタヴュー前編。ギタリストとしての活動を中心に話を訊く。 大友良英 1959年生まれ。常に同時進行かつインディペンデントに即興演奏やノイズ的な作品からポップスに至るまで多種多様な音楽を作り続け、世界中で活動する。映画音楽家としても100作品以上の音楽を手掛ける。震災後は故郷の福島でプロジェクトFUKUSHIMA!を立ち上げ、現在に至るまで様々な活動を継続している。福島を代表する夏祭り「わらじまつり」改革のディレクターも務める。 https://otomoyoshihide.com 1980年代後半からライヴ活動を本格化させ、35年以上にわたって唯一無二のキャリアを築いてきた音楽家・大友良英。インディペンデントなノイズ

          「10年後はないかもしれない」大友良英、60代半ばで到達したギター&ターンテーブルの自在境 -前編- TOKION
        • 西城秀樹、大滝詠一ら支えたミュージシャン 稲垣次郎 90歳の視点で語る日本ジャズ史と海外からの評価

          あなたは稲垣次郎という名前を聞いたことがあるだろうか。 実は近年、彼の作品は海外を中心に注目を集めている。 稲垣次郎は1933年生まれのジャズ・ミュージシャンで、世代的には渡辺貞夫や高柳昌行や白木秀雄と同世代で、宮沢昭や穐吉敏子らの少し歳下。ハナ肇とクレイジーキャッツの前身のハナ肇とキューバン・キャッツや、クレイジーキャッツの原型ともいわれるフランキー堺とシティ・スリッカーズにも在籍し、そのあとも、ジョージ川口とビッグフォーや白木秀雄クインテットにも在籍。日本のジャズ史の生き字引のような人だ。 そんな稲垣が注目を集めるきっかけは、2000年代に起こった日本のジャズの掘り起こしと再評価だった。レコードショップ Universoundsの尾川雄介が監修した『Deep Jazz Reality』シリーズで鈴木弘、石川晶、猪俣猛、杉本喜代志らとともにCD化されたことで国内で広まったあと、レコードで

            西城秀樹、大滝詠一ら支えたミュージシャン 稲垣次郎 90歳の視点で語る日本ジャズ史と海外からの評価
          • interview with Yosuke Yamashita | ele-king

            ドラムの森山がとりあえず一番凶暴になりまして、ドーンと打ち込んでくる。それに対して僕は最初は指で応じていたんですが、森山のドーンは強烈ですから、こっちも負けずにやってやるというので、ダーンと打ち返した。それが肘打ちのはじまりですね(笑)。 山下洋輔トリオが結成から50周年を迎える。それに併せて12月23日(月)に新宿文化センターにて、「山下洋輔トリオ結成50周年記念コンサート 爆裂半世紀!」と題したイベントが開催される。歴代のトリオ参加者である中村誠一、森山威男、坂田明、小山彰太、林栄一らはもちろんのこと、三上寛、麿赤兒、そしてタモリさえもが参加する、めったにお目にかかることのできない集大成的な催しである。遡ること50年前、すなわち1969年に病気療養から復帰した山下は、ピアノ、サックス、ドラムスという特異な編成で、既存のジャズに囚われることのない「ドシャメシャ」なトリオを結成した。ときを

              interview with Yosuke Yamashita | ele-king
            • 高柳昌行ニュー・ディレクション・ユニット | ele-king

              芸術に完全はなく、完全なきが故に生命を賭け立ち向かい、挑んで行くのが音楽家の業である筈だ。(高柳昌行「フリー・フォーム組曲ライナーノーツ」) モダン・ジャズの俊英として音楽界に登場し、しかしアメリカのジャズの真似事やフォルムの新奇性に汲々とする人々に見切りをつけ、ジャズを求める根拠を掴み取るべくフリー・フォームの音楽を探求し、そしてもはやジャズとは似ても似つかないサウンドを創出し、結果的には出自を異にするはずのメルツバウや非常階段をはじめとしたノイズ・ミュージックと同列に語られることもある人物。そのように時代を画し続けた20世紀の日本のギタリストは高柳昌行を措いて他にいない。日本のフリー・ジャズ第一世代のミュージシャンであり、ギター・ミュージックとしてのフリー・ジャズを確立/発展させた異才。あるいはモダン・ジャズの傍流に位置づけられていたレニー・トリスターノに多大な評価を捧げることによって

                高柳昌行ニュー・ディレクション・ユニット | ele-king
              • 1954年、あの夜の『モカンボ』の真実【ヒップの誕生 ─ジャズ・横浜・1948─】Vol.5 | ARBAN

                戦後、占領の中心となった横浜は「アメリカに最も近い街」だった。1948年、その街に伝説のジャズ喫茶が復活した。それは、横浜が日本の戦後のジャズの中心地となる始まりでもあった──。そんな、日本のジャズが最も「ヒップ」だった時代をディグする! アメリカにおけるモダン・ジャズ=ビバップの最初の記録は、ニューヨークのミントンズ・プレイハウスでのライブ『The Harlem Jazz Scene──1941』であるとされている。『ミントンハウスのチャーリー・クリスチャン』としてよく知られている作品だ。では、わが国においてモダン・ジャズはいつ頃から始まったのだろうか。戦後日本におけるモダン・ジャズ黎明期の「真実」を探る。 夜を徹して続いた一大ジャム・セッション JR関内駅から歩いて10分ほど。伊勢佐木町通り、現在は「イセザキ・モール」という名で呼ばれる街路に面したビルの地下にその店はあった。4階建ての

                  1954年、あの夜の『モカンボ』の真実【ヒップの誕生 ─ジャズ・横浜・1948─】Vol.5 | ARBAN
                • ギター好きが選ぶ 歴史上最も偉大なギタリスト

                  ギター好きが選ぶ「歴史上最も偉大なギタリスト」ランキング発表! 皆様、投票アンケートにご協力いただき誠にありがとうございました。 今回Facebookでは、なるべくジャンルが偏らないように、ハードロック系のグループ(1.7万人)、ジャズ系グループ(7千人)、ブルース系グループ(4千人)、クラシック系グループ(2千人)、洋楽グループ(9千人)、ギター系グループ他(1.3万人)+(1.2万人)+(4500人)+(2600人)+(1400人)+(1000人)+(980人)等など…それぞれアンケート募集し、更に当店SNS+当店の購入者様に一年間通してのアンケート結果をプラスさせていただきました。そういう意味では、あらゆる角度からオールジャンルの総合的なランキング結果になったかと思います。 音楽の価値観は人それぞれであることは大前提であり、順位をつけるのはナンセンスという意見もあります。しかし今回ア

                    ギター好きが選ぶ 歴史上最も偉大なギタリスト
                  • 特殊音楽の世界34「磔磔のこと」 - SMASHWEST.COM

                    特殊音楽の世界34「磔磔のこと」 2020.09.01 KYOTO 先日、東京ローカルの深夜「磔磔というライヴハウスの話」というドキュメンタリーが放映されました。TVerでも8月末まで無料公開されていました。 磔磔に関して今更説明は不要だと思います。 そのドキュメンタリーはロックやロックンロール中心の磔磔の歴史が描かれていました。よくできたドキュメンタリーだと思いましたが、あの映像だけでは捉えきれてない磔磔の懐の深さがあるんです。磔磔がなければ関西において過去の特殊音楽の公演は殆どできなかったでしょう。 今回はそのことについて書こうと思います。 まず、個人的なことで申し訳ないですが初めて磔磔に行った時のことを。 初めて行ったのは75,6年の頃ですね。観に行ったのはライヴではなくて維新派(当時は日本維新派)の公演でした。 舞台にプールを作りそこに泥と水を入れ役者がその泥水にまみれ、観客に向か

                      特殊音楽の世界34「磔磔のこと」 - SMASHWEST.COM
                    • 御年91歳にして現役。ジャズの概念を広げ続けてきた、“渡辺貞夫”という人生 | ブルータス| BRUTUS.jp

                      渡辺貞夫さん、“ジャズ”は人生ですか? 「世界のナベサダ」こと渡辺貞夫は、日本のジャズのパイオニアであることは誰もが認めるところだろう。実際、渡辺は戦後間もなくジャズと出会い、その後のミュージシャンとしてのキャリアは、そのまま日本のジャズの歴史と重なる。 1933年に宇都宮市に生まれた渡辺は、12歳の時に終戦を迎える。 「日本が負けて1週間も経たないうちに進駐軍放送が始まりました。ジャズ、ハワイアン、ヒルビリー。アメリカの明るい音楽が一気に流れてきたんです。それに、音楽映画もいろいろ入ってきました。僕の1級上の山内さんという人のお父さんが、電気館という映画館の支配人で、そこで観た『ブルースの誕生』が決定的でした。ニューオーリンズの波止場で、黒人たちがディキシーランド・ジャズを演奏しているところに、少年が横から入ってクラリネットを吹くんですが、その少年に憧れたんですよね」 そのうち渡辺は、父

                        御年91歳にして現役。ジャズの概念を広げ続けてきた、“渡辺貞夫”という人生 | ブルータス| BRUTUS.jp
                      • 第9話 ひび割れた鏡と行進曲|ぼくはこんな音楽を聴いて育った・東京編|大友 良英|webちくま

                        いよいよ高柳さんが出てきました。正直、そのことをどう書いていいのか、今でも迷いまくっていますが、でも、高柳さんが出てきても、わたしがしょうもないのは相変わらずで……。 ―――――― ということで前回のつづき、1980年の代々木ミューズ音楽院。高柳昌行の特別教室の説明会に集まってきたミュージシャン志望の若者たちは、高柳さんのどんな話を聞いて、這々(ほうほう)の体(てい)で逃げて行ったのか。 1) 人生をかけてプロの音楽家になる気のある者のみに教える。 2) 音楽の研鑽を全てに優先すること。そのためには普通の人生は諦めること。 したがって、結婚も子どもを持つことも望まないこと。 3) コマーシャルな意味でのプロを目指すのであればここでなく他にいきなさい。 4) 女性に教えることはできないから、女性は他に行きなさい。 5) まったくお金にはならない世界であるから、生活の糧は音楽とは別に自分で考え

                          第9話 ひび割れた鏡と行進曲|ぼくはこんな音楽を聴いて育った・東京編|大友 良英|webちくま
                        • 成田空港問題の年表 - Wikipedia

                          成田空港問題の年表(なりたくうこうもんだいのねんぴょう)は、三里塚闘争をはじめとする、成田国際空港(旧・新東京国際空港)に係る諸問題に関連する出来事を時系列順に述べるものである。 なお、年表中の役職はいずれも当時のものである。 年表[編集] 1930年代まで[編集] 1871年[編集] 十余三地区で中沢彦吉と小野善助(小野組)の開墾会社による入植が始まる[1][2]。 1875年[編集] 宮内庁下総御料牧場の前身となる、下総牧羊場と取香種畜場を大久保利通内務卿が開場[3][4]。 1885年[編集] 下総牧羊場と取香種畜場が宮内省に移管、下総種畜場と改称[3]。 1923年[編集] 1月:東西定期航空会が陸上機による定期航空便を開設。 9月1日:関東大震災。長岡外史が羽田飛行場の建設を提唱。 1931年[編集] 8月:日本初の国営民間航空専用空港「東京飛行場」が開港(現在の東京国際空港、羽

                          • HHKB Life | PFU

                            豊富なアクセサリーを開発してHHKBを盛り立てる 「バード電子」ってどんなメーカー? 代表取締役の斉藤安則さんにインタビュー! HHKBを使いこなす喜びをいっそう高めるアクセサリーの主要アイテムを、数多く開発しているメーカーがあります。バード電子です。アイデア・品質ともにハイレベルな製品を生み出すバード電子とはどんな来歴のメーカーなのでしょうか。同社のアイデアの源泉、代表取締役でHHKBエバンジェリストの斉藤安則さんにお話を聞きました。 HHKBのオーナーになると、HHKBを自分好みにカスタマイズして独自の世界を構築する楽しみも手にすることになります。そのときに活躍するのが豊富なアクセサリー製品です。中でも今“旬”といえるのは、デスク上での使い心地を大きく向上させるパームレストや、ノートPCの上にHHKBを置く「尊師スタイル」に欠かせないキーボードブリッジでしょうか。これらはいずれも株式会

                            • ジャズ喫茶はいつからジャズ喫茶となったのか

                              「ジャズ喫茶」という呼び名がいつから始まったのか。どうやらいまだにこの問いに対する明確な答えはないようだ。しかし、いま手持ちの資料をもとに、できうる限りこの謎の解明に近づいてみたい。 ジャズ喫茶の始まりは、1929年(昭和4年)に東京・本郷赤門前に開業した「ブラックバード」からというのがほぼ定説となっている。 おそらく、その前にも蓄音機でジャズを聴かせる喫茶店はあったと思われるし、実際、大正時代末期の横須賀に「白樺」というこの町のジャズ喫茶第1号とでも呼ぶべき店があったと書き記したものもある(『ヨコスカ・ジャズ物語』太田稔著 神奈川新聞社刊)。 横須賀に限らず、海外のモノや文化がいちはやく入ってきた都市、たとえば神戸のようなジャズの生演奏の盛んだった港町にもそういう店があったとしても不思議ではない。 だがバンドによる生演奏よりも再生装置やレコードの品揃えにこだわり、ジャズ・レコード鑑賞を目

                                ジャズ喫茶はいつからジャズ喫茶となったのか
                              • デレク・ベイリーを論ず(3)

                                text by Yoshiaki Onnyk Kinno  金野 onnyk 吉晃 1.非時と音響 最近、複数の知人からAIによるフリージャズがネット上にアップされていると教えられたが、何も不思議は無いし、フリージャズがイディオムとクリシェを主としているなら、別にフリーに限る事無く可能だし、ノイズというジャンルならさらに向いているように思う。 問題はそこで音響として提起される以前、つまりモチベーションであり、またいかに終了すべきか、そこでそれが現象化した意味だろう。それは演奏者のみならず、聴衆や環境の問題、あるいはコンテクストにある。 そうなると、ジャンルを問わず、何故人は即興演奏をする事を欲するかと問い直してもよかろう。 それは非生理的、非生産的行動である。音楽の社会的機能の一面、生殖行動、宗教儀礼、社会紐帯、恍惚酩酊への演出にも通じない事は無い。同様の衝動である舞踏、舞踊とはまた異なる

                                  デレク・ベイリーを論ず(3) 
                                • 西城秀樹、ピンク・レディーら手掛けたレジェンド 稲垣次郎 90歳の今振り返る激動の時代と海外での再注目

                                  1933年生まれのレジェンド・ジャズ・ミュージシャンで、今や世界中のレコードマニアやDJのあいだで注目を集めている稲垣次郎の音源がフランスの新興レーベル 180gにより『WaJazz Legends: Jiro Inagaki - Selected by Yusuke Ogawa (Universounds)』として今年リリースされた。そのタイミングで行った稲垣次郎本人への取材の後編をお送りする。 『WaJazz Legends: Jiro Inagaki - Selected by Yusuke Ogawa (Universounds)』 1970年代のロックやファンクが台頭し、ジャズに影響を与え始めていた時期、ジャズに精通しながら、当時のロックやソウルやファンクの新譜をもチェックし、分析し、それを作品として発表していた稲垣次郎はその知識と経験を買われ、ハイブリッドなジャンルの寄稿者が不

                                    西城秀樹、ピンク・レディーら手掛けたレジェンド 稲垣次郎 90歳の今振り返る激動の時代と海外での再注目
                                  • Keiji Haino | Fundação Japão em São Paulo

                                    Publicado por ronni em 13/11/2019 Sem comentários 日本のノイズミュージシャンの元祖、即興音楽の革新者 灰野敬二、1971年にロスト・アローフにより活動を開始し、以来40年以上にも渡り、独自の音楽を探求してきたアーティスト。2018年12月、リオの音楽フェスティバルNovas Frequências出演の為、灰野氏は初めて南米の地を踏んだ。日本のノイズミュージシャンの元祖、即興音楽の革新者と言われる灰野氏であるが、本人はそういったレッテルを否定する。神格化されることを拒否した後に現れたのは、真摯に音と向かい合い、表現を探求し、世界の行く末を憂う一人の音楽家の姿であった。このインタビューでは活動当初のエピソードや音楽観、人生観そして他アーティストとの共演についてまで、幅広い内容を語ってもらった。 1) 演奏の前に Q. 南米は初めて、とのことで

                                      Keiji Haino | Fundação Japão em São Paulo
                                    • #21 阿部薫について

                                      text by Kazue Yokoi  横井一江 photo by Tatsuo Minami  南達雄 今年に入ってから、夭逝したサックス奏者阿部薫(1949年〜1978年)の未発表音源が次々とリリースされた。その4タイトルは下記のとおり。 『阿部薫/ 19770916@AYLER. SAPPORO』 1977年9月16日録音(doubtmusic) 『高柳昌行、阿部薫、山崎弘/ライヴ・アット・ジャズベッド』1970年9月27日録音(Jinya Disc) 『高柳昌行、阿部薫/ライヴ・アット・ステーション ’70』 1970年6月18日、 5月あるいは 6月録音(Jinya Disc) 『阿部薫/完全版 東北セッションズ 1971』1971年10月31日、12月4日、 12月6日録音(Nadja21/King International ) 『19770916@AYLER. SAPPO

                                        #21 阿部薫について
                                      • HHKB Life | PFU

                                        豊富なアクセサリーを開発してHHKBを盛り立てる 「バード電子」ってどんなメーカー? 代表取締役の斉藤安則さんにインタビュー! HHKBを使いこなす喜びをいっそう高めるアクセサリーの主要アイテムを、数多く開発しているメーカーがあります。バード電子です。アイデア・品質ともにハイレベルな製品を生み出すバード電子とはどんな来歴のメーカーなのでしょうか。同社のアイデアの源泉、代表取締役でHHKBエバンジェリストの斉藤安則さんにお話を聞きました。 HHKBのオーナーになると、HHKBを自分好みにカスタマイズして独自の世界を構築する楽しみも手にすることになります。そのときに活躍するのが豊富なアクセサリー製品です。中でも今“旬”といえるのは、デスク上での使い心地を大きく向上させるパームレストや、ノートPCの上にHHKBを置く「尊師スタイル」に欠かせないキーボードブリッジでしょうか。これらはいずれも株式会

                                        1