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ブックマーク / yoshim.cocolog-nifty.com (15)

  • 天才とは何だ?〜ブラームス型凡楽のすすめ - 月刊クラシック音楽探偵事務所

    以前、とあるクラシックの音楽番組からブラームスについての取材を受けたことがある。開口一番「ブラームスはどんなところが天才なんでしょうか?」と聞かれたので、言下に「いや、彼は天才じゃないでしょう」と応えたところ、「・・・・・」。 取材はボツになった。 どうやら番組としては・・・ブラームスは「保守的」な作曲家というイメージがあるが、実は「こんなに斬新」で「こんなに画期的」なことをやっていたんです・・・というような指摘とコメントが欲しかったらしいのだが、私の意見は全く逆。 ブラームスは「保守的で」「新しいことをやらない」「才能のない作曲家」なのに、現代に至る〈クラシック音楽〉の基礎を作った。そこが凄いのだ。 そもそも、昔から「天才」という言い方はどうも違和感がある。人のプラス部分をなんでも「天才」と一括りにしてしまうのは、マイナス部分を何でもかんでも「気違い」と一括りにしてしまうのと同じで「思考

    天才とは何だ?〜ブラームス型凡楽のすすめ - 月刊クラシック音楽探偵事務所
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    quick_past 2022/01/03
    これはブラームスへの盛大な皮肉の記事だと思う
  • 夏休み雑談:名曲の生まれ方 - 月刊クラシック音楽探偵事務所

    クラシックには「名曲」と呼ばれるものがある。 それだけでも凄いのに、中には「不滅の名曲」などと呼ばれるものまであって、それはもう、誰が何と言おうと「名曲」であって、まるで生まれた時から「名曲」であり、そのままずっと何百年も「名曲」であり続け、永遠に「名曲」の座を保ち続けるかのような迫力だ。 しかし、「誰が決めたの?」と素朴な疑問をぶつけられると、言葉に詰まってしまうことが多い。 まあ、敢えて言うなら、あちこちの「名曲50選」とか「20大名曲」とか「不滅の名曲ベスト100」などというリストにエントリーされている率の高い曲が、なんとなく上から順番に「トップ当選名曲」「当然常連名曲」「当確名曲」「ギリギリ当選名曲」「次点名曲」「残念名曲」などとランク付けされているという感じだろうか。 要するに、名曲の基準や条件があるわけでもなく、「名曲審査委員会」などというのがあって決めたわけでもない。より「多

    夏休み雑談:名曲の生まれ方 - 月刊クラシック音楽探偵事務所
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    quick_past 2020/10/21
    音楽に国境はないってのは昔の話じゃないのかな。そんな単純に民族や国で単純化できる話なの?
  • 木管楽器の楽しみ - 月刊クラシック音楽探偵事務所

    十代の頃、ファゴットを吹いていたことがある。 受験期真っ只中の中学3年の冬に突然クラシック音楽に目覚め、それを乗り越えてようやく高校(日吉にある慶応義塾高等学校)に入学したところ、部活でオーケストラがあると知り、後先も考えず一も二もなく入部してしまったのが始まりである。 しかし、ピアノはちょっと弾けるものの、よく考えてみればオーケストラの楽器で弾けるものなどない。フルートは父親が吹いているから楽器に触ったことはあるが、かと言って吹けるわけではない。などと悩んでいると「それなら、ちょうどファゴットのパートが卒業していなくなったから、それを吹いたら?」とあっさり言われ、学校の備品である古いファゴットを借りて吹くことになった。楽器との出会いなんて、そんなものかも知れない。 ファゴットという楽器のことは、もちろんレコードやスコアによって〈頭の中では〉知っていた。とは言っても、プロコフィエフの「ピー

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  • 新春特集 ショパンとリスト - 月刊クラシック音楽探偵事務所

    2010年は、ショパン生誕200年、シューマン同200年、マーラー同150年という(クラシック音楽界にとっては)華やかなメモリアル・イヤーだったが、さて、年は変わって2011年。 大きなところでは、マーラー「没後」100年、リスト生誕200年。こじつければ、バルトーク生誕130年、プロコフィエフ生誕120年、ムソルグスキー没後130年、ストラヴィンスキー没後40年などというのもある。 記念年にはさほど興味がないが、「ショパン生誕200年」の次の年が「リスト生誕200年」と言われて、改めて「そうか。ショパンとリストは1歳違いなんだ…」と気が付かされたのは収穫だった。 19世紀の初め、ピアノという楽器が音楽史に華々しく登場した時代に、その楽器の魅力をフルに引き出して(現代のジャズやポップスにも通じるような)「ピアニズム」を究めたこの二人。実は、お互い友人同志でもある。(…いや、「だった」と過去

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  • ボヘミアの森から〜作曲家の原産地 - 月刊クラシック音楽探偵事務所

    クラシックの作曲家には、その国籍(原産地)がつきまとうことが多い。いわく「ポーランドのショパン」「ロシアのチャイコフスキー」「チェコのドヴォルザーク」「フランスのドビュッシー」「フィンランドのシベリウス」。 しかし、一方で、その出自や立ち位置に悩んだ作曲家も少なくない。例えば、ザルツブルク(オーストリア)で生まれ、イタリアを始めヨーロッパ中をあちこち旅行してまわり、パリやプラハやウィーンでも活躍したモーツァルト。チェコで生まれ、ドイツでキャリアを積み、ウィーンで活躍し、晩年はニューヨークの舞台にも立ったマーラー。ロシアに生まれ、パリ(フランス)でデビューし、アメリカに渡ったストラヴィンスキー。 もっとも、作曲家でなくても、人間と生まれて自分のアイデンティティ(自分が自分である質)の所在に悩まなかった者はいないに違いない。 例えば、私の場合。国籍から言うと「日人」だが、地球的な見地からす

    ボヘミアの森から〜作曲家の原産地 - 月刊クラシック音楽探偵事務所
  • ショスタコーヴィチ考〈バビ・ヤールをめぐって〉 - 月刊クラシック音楽探偵事務所

    私がショスタコーヴィチの音楽を聴き始めた高校生の頃(1960年代半ば)、最も新しい交響曲は第13番だった。 LPは初演者コンドラシンのものが確か1枚だけあったが、「13」という不吉な番号と「ソヴィエト国内では演奏禁止」という解説、そして何より骸骨とユダヤの紋章を絡めたジャケット(←)の不気味さで印象に残っている。 それにしても、その直前の第12番「1917年」が、ロシアの十月革命を描いた勇壮で明快な交響曲だったのに、これはなんと暗く重く(まるで別人の作と思えるほど)不可解な作品なのだろう。 しかも、「13」番という数字。これはキリスト教徒でなくとも、その不吉な意味については誰でも知っている。交響曲作家にとってのジンクス・ナンバー「9」については、軽やかに笑い飛ばしたショスタコーヴィチも、この「13」についてはなぜかかなり意識したように思えてならない。なにしろ、作品番号まで「op.113」と

    ショスタコーヴィチ考〈バビ・ヤールをめぐって〉 - 月刊クラシック音楽探偵事務所
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    quick_past 2019/03/06
    これ、別にソビエトじゃなくても問題児扱いされてたのでは
  • 月刊クラシック音楽探偵事務所: 2006年11月5日 - 2006年11月11日

  • 夏休み雑談・作曲家と著作権(月刊クラシック音楽探偵事務所、August 10,2007)

    今年2007年、シベリウスが没後50年を迎える。生年は1865年だから、マーラー(1860年)やリヒャルト・シュトラウス(1864年)あるいはドビュッシー(1862年)などとほぼ同世代だが、91歳の長寿を得て、亡くなったのは1957年9月20日。今年でちょうど50年めということになる。 まあ、確かに、生誕100年とか200年というのは、数字の語呂がいいだけの一種のお祭りであると言えなくもない。しかし、この「没後50年」と言うのだけはちょっと違う。単に数の上での記念ということだけではなく、きわめて現実的な問題を秘めているからだ。 * 御存知のように、現代における主要な文明国においては、音楽にしろ書物にしろ美術にしろ、作者が存在する著作物にはすべて〈著作権〉というものが存在する。 つまり、人が作品を作ると作者としての権利が発生し、第三者が複製したり改編したり販売したり二次使用する場合は、必ず著

    夏休み雑談・作曲家と著作権(月刊クラシック音楽探偵事務所、August 10,2007)
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    quick_past 2018/11/14
    モーツアルトやベートーベンの頃は、基本作曲者は楽譜売り切りで、出版印税や演奏時のキックバックはないんだっけか。今から考えると信じられない。
  • バッハと五線譜の中の暗号 - 月刊クラシック音楽探偵事務所

    J.S.バッハは「音楽の父」と称され、クラシック音楽の根幹を成す礎を作った。フーガや対位法、平均律、器楽法…など、音楽語法の基礎をきわめて厳格に確立し、にもかかわらず同時に「聞く音楽」としても完成させたわけだから、その功績は計り知れない。(もっとも、それらはバッハが発明・考案したものではなく、それ以前の音楽を集大成したものにすぎない…と言えば言えるのだが)。 しかし、ミステリ・マニアとして何よりも重要なのは、「音楽暗号の父」としての功績の方かも知れない。 なにしろ、彼が最晩年に書いた未完の大作「フーガの技法 BWV1080」の最後の最後に登場する「BACH」という自分の署名とも取れるテーマ。この存在こそが、後に様々な作曲家たちを巻き込んだ「音楽暗号」の基礎になったのだから。 ただし、この「音」と「暗号」の関係について知るためには、そもそも「音名」についての知識が必要になるので、最初に基

    バッハと五線譜の中の暗号 - 月刊クラシック音楽探偵事務所
  • 音楽の荒唐無稽とウソ〜ショスタコーヴィチ「明るい小川」をめぐって - 月刊クラシック音楽探偵事務所

    歴史に「もし」を持ち込むのは無意味である…とはよく言われることだ。でも、音楽を聴くたびに無数の「もし」が頭をよぎるのは止められない。 「もしモーツァルトが50歳を過ぎるまで長生きしていたら」「もしベートーヴェンの耳がよく聞こえていたら?」「もしショパンがピアノに出会わなかったら?」「もしチャイコフスキーが音楽院に行かずそのまま役人になっていたら?」「もしシェーンベルクが12音などというものを発明しなかったら?」・・・そして「もしジョン・レノンがポール・マッカートニーと出会わなかったら?」 その中でも、私が個人的に非常に興味をもつのは、「もしショスタコーヴィチがソヴィエト政府と関わることなく(自由に)創作を続けていたら?」という「もし」だ。 ◇作曲家と国家政府 作曲家がその時代の政治と関わる例は、あまり多くない。モーツァルトやベートーヴェンがいかに人類の生んだ最高の芸術家でも、生きている時代

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    quick_past 2018/03/04
    制約がなかったら案外平凡な曲ばかりになってた可能性も
  • 20世紀における「現代音楽でない音楽」の系譜 - 月刊クラシック音楽探偵事務所

    20世紀は(残念ながら)「現代(無調)音楽」の時代である。 バッハ〜モーツァルト〜ベートーヴェン〜シューベルト〜ショパン〜ワグナー〜マーラー〜ドビュッシーなどなど数百年に渡って脈々と伝えられてきた「クラシック音楽」には、その時代時代に「新しいがゆえに難解で理解しにくい音楽」が確かに存在した。 しかし、新しく・難解な音楽も、数十年の時を経てみれば受け入れられる。新しい音楽は、理解し受け入れるのに「少しばかり」時間が必要なだけなのだ。そう思われてきた。 ところが、20世紀に登場した「現代(無調)音楽」は、ちょっと様子が違う。 無調で作品が書かれるようになったのは、まさしく20世紀初頭である。それは、調性にがんじがらめになり肥大した後期ロマン派音楽の反動として、産声を上げた。 最初は「太刀打ちできないほど巨大な」伝統的音楽への「ごまめの歯ぎしり」的な反抗に過ぎなかったはずだった。音楽とはメロディ

    20世紀における「現代音楽でない音楽」の系譜 - 月刊クラシック音楽探偵事務所
  • ピアノの300年史 - 月刊クラシック音楽探偵事務所

    ピアノは音楽界最強の「楽器」の一つである。 と同時に、作曲家にとっては唯一無二の「仕事道具」でもある。 しかし、このピアノ、良く考えてみると「楽器」というより…どこからどうみても完全に「マシン(機械)」のような気がする。 20世紀末にピアノに代わってコンピュータが作曲の道具として使われ始めた時、「コンピュータのような〈機械〉に音楽なんか出来るわけがない」などという非難がましい意見をよく聞かされたけれど、それを言うならピアノの方がはるかに〈機械〉っぽい。 なにしろピアノときたら、基的に「キイを押せば誰にでも音が出るように作られた機械仕掛けの音楽発生マシン」でしかなく、(だから、ネコが弾いても音が出る…などと言われたりするのだが)そのほかに使い道はない。 そもそもその重さが尋常ではない。なにしろ普及型のアップライトでも200kg以上、グランド・ピアノになると400kg前後。普通の大人の男性5

    ピアノの300年史 - 月刊クラシック音楽探偵事務所
  • しつこくS氏騒動・交響曲編 - 隠響堂日記

    S氏の《交響曲第1番》を最初に耳にしたのは、初演(2008年広島)の時の様子を映したYouTubeでの録画だ。この時は、G8議長サミット記念コンサートという名目で《交響曲》の1・3楽章が披露された(さすがに全曲では「長すぎる」と主催者側が判断したのだろう。それでもたっぷり40分以上という大曲だ)。 その頃のS氏はWikipediaにも未記載の無名の作曲家(ゲーム音楽マニアなら鬼武者の音楽で名前くらいは知っていたのかも知れないが)。当然、会場に聴きに来ていたお客のほとんどは「広島出身の若い作曲家」というくらいの知識しかない一般の人たちだったと思う。しかし、その「誰もが初めて聴く」しかも「オーケストラだけ」の音楽が「歌も映像も何もなく」1時間もの間延々と流れるのを、ホールを埋めた聴衆は(少なくとも)飽きることなくずっと耳を傾け、曲が終わると同時に万雷の拍手を浴びせていたのである。これは(実を言

    しつこくS氏騒動・交響曲編 - 隠響堂日記
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    quick_past 2018/02/13
    でもまあ現代的には不要というか、甚だ不誠実で悪しき販売戦略だったと思うよ。
  • 隠響堂日記

    ☆楽譜出版《ASKS.orchestra》交響曲,協奏曲,室内楽などのスコアを電子版(PDF)で販売中。海外向け→** 出版作品一覧→***NEW ◆《図解クラシック音楽大事典》(学研)イラストとまんがでオーケストラや楽典から音楽史までを紹介する掟破りの入門書。旧〈音楽大事典〉の超大幅改訂復刻版。 ◆《作曲は鳥のごとく》(春秋社)自らの作曲家生活を綴った独学の音楽史@2013年3月刊 ◆《調性で読み解くクラシック》(ヤマハ)調性および音楽の謎を楽理・楽器・科学・歴史から読み解く文庫版入門書。

    隠響堂日記
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    quick_past 2017/11/29
    作曲家吉松隆さんのブログ。穿ちすぎじゃない?ってくらいに食い込んでいく批評が面白い。
  • モーツァルトのピアノ協奏曲な世界 - 月刊クラシック音楽探偵事務所

    クラシック音楽を聴き始めた十代の頃、「好きな作曲家」の中にモーツァルトは入っていなかった。 苦手とか嫌いとか言うのではなく「存在感のない音楽」という感じだったと言えばいいだろうか。 当時はと言うと、チャイコフスキーやシベリウスの濃厚な抒情に魅了され、超重量級のワーグナーの「ニーベルングの指輪」やブルックナー&マーラーの交響曲全集そしてショスタコーヴィチやストラヴィンスキーなど20世紀の音楽に血道を上げていた頃。軽やかなモーツァルトの音楽はあまり「格的な音楽」には聞こえなかったということかも知れない。 ただ、そんな頃、先輩の一人がこんなことを言っていたのはよく覚えている。 「でも、朝起きたらモーツァルトのピアノコンチェルトがラジオから聞こえてくる。それに勝る幸福な瞬間はちょっとないと思うよ」 * その後、難解複雑な「現代音楽」の世界を経て、作曲家として独り立ちし始めた頃、その真逆とでも言う

    モーツァルトのピアノ協奏曲な世界 - 月刊クラシック音楽探偵事務所
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    quick_past 2017/04/07
    モーツァルトって軽いだけで何もない、奏者が意味付けしようとすると別物になると思ってて、肉体性無いなあと思ってたんだけど、この説明がドンピシャで腑に落ちた。古典派の秋元康だ。短調がほんと似合わない。
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