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ブックマーク / hokusyu.hatenablog.com (11)

  • 言説の土壌 - 過ぎ去ろうとしない過去

    「安倍政権を倒したいならば、左派は経済を語れ」 これが、ネット上において国政野党に票を集めようとする運動のスローガンになって久しい。もちろん、野党が経済政策を充実させ、活発に支持を訴えることについては、大いにやればよいと思う。しかし2点ほど引っかかることはある。まず1つ目は、野党および左派はすでに経済について語っているということである。その状況についてこうしたスローガンをとなえるのは、左派は経済的に無策であるという右派・与党のプロパガンダへの加担ではないか。これは、すでに参議院選挙の1人区での一化など野党共闘が進んでいるにも関わらず「野党はバラバラ」だと批判する野党支持者にもいえる。 2つ目は、そもそも与党も経済を語ってはいないのではないか、ということである。与党は、財界や資産家や投資家を喜ばせるような政策について語っている。しかしそれは経済を語っていることにはならない。2012年の政権

    言説の土壌 - 過ぎ去ろうとしない過去
  • 男性の人権はあらかじめ肯定され、女性の人権はあらかじめ蹂躙されている- 過ぎ去ろうとしない過去

    http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/hokusyu/20091203/p1 男はケモノ「だから」予防拘禁すべしなんて一言も述べてないのに、文章のある一部だけを取り上げて「男性への予防拘禁だけしからん!(キリッ」って言っている人たちは何なんでしょうかね。もちろん記事を投稿した時点である程度予想していたことですが。予想していたなら対策しとけよボケという突っ込みが聞こえてきそうですが、無視します。 ところで「予防拘禁」まかりならんというのは当然だと思うし、「予防拘禁」に怒りを燃やすのはたいへん結構なことだと思います。であるならば、そのような人はぜひ、現在、実質的に女性が「予防拘禁」されているという現実、あるいはそのような「予防拘禁」を容認するような言説(「自衛」論)がまかりとおっていることにまず抗議すべきだし、抗議していただきたいですね。 ブクマ

    男性の人権はあらかじめ肯定され、女性の人権はあらかじめ蹂躙されている- 過ぎ去ろうとしない過去
    rAdio
    rAdio 2009/12/04
    言ってないことを言い合う戦い。オトコはケモノかもしれないけど、非モテはノケモノなのでどうでもいいや…。関係ないと思って眺めるれるのは、本当に気楽。皆が非モテ問題に対して抱いている気持ちが少し分かる。
  • 柴村仁、見下ろす、落語 - 過ぎ去ろうとしない過去

    柴村仁が嫌いである。 いやまあ、人は「会えばいい人」なのかもしれないが、彼女の書いたものはことごとく嫌いなものが多い。 ぼくが読んだ限りにおいて、彼女の小説のスタイルについては次のような印象を持っている。つまり誰かが死んだこと、または何かが失われたことがまず強烈なインパクトとして存在していて、その事実を中心に物語が回っていく*1。『プシュケの涙』がまさに典型的だが、『我が家のお稲荷様』もそうで、あの話の構造は要するに死んだ母親の縁で胡散臭い奴らがわらわらやってきて、死んだ母親の話をして帰っていくというものだろう。死んだ母親が物語の中心にあって、ことあるごとに母親が死んでいるということが思い出さされるのだ。 それで、なぜそういった喪失を中心とした物語(くーきょなちゅうしん、とか言いたければ言えばいい)が嫌いかというと、そうした物語はたいてい「見下ろす視線」というものを構造として保有している

    柴村仁、見下ろす、落語 - 過ぎ去ろうとしない過去
    rAdio
    rAdio 2009/05/07
  • 健康帝国日本 - 過ぎ去ろうとしない過去

    http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.47news.jp/CN/200811/CN2008112601000936.html 内容もブコメも酷いですね。 そもそも「努力して健康を保った人にはインセンティブを」自体が健康保険の理念を崩しかねないものであることを理解しましょう。 当然、努力しているかどうかで病気になるかならないかは決まりません。いや、少しは関係あるじゃないかと言う人もいるかもしれません。でも、「少し」とはどのくらいでしょう?なにせ、男に逃げられるのまで女の自己責任という意見が出てくる世の中です。病人にちょっとでも不摂生があれば、それは「努力不足」とされかねない。では、遺伝病など生まれつき抱えている病気の場合は?なるほどそれは当人に責を求めることはできない。ではどこに行くか。もちろん親にです。出生前診断が「可能」である今、病気がある「障害」

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    rAdio
    rAdio 2008/11/29
  • 自然界の厳しい掟です/GSV/ホームレス - 過ぎ去ろうとしない過去

    http://flurry.hp.infoseek.co.jp/200410.html#12_1 セレンゲティ国立公園。生まれたばかりのシマウマの子供を、ジャッカルたちが執拗に狙う。シマウマの母親の懸命な努力にも関わらず、ついに子供はジャッカルに捕らえられべられてしまう。 あるいは、河を渡ろうとするヌーたちの大混雑の様子。力の衰えたヌーが他の個体にのしかかられ、押しつぶされ、河底へと沈んでいく。 と、そこで入るナレーション。「――大自然の厳しい掟です」 …以前から不思議に思っていたのだけど、このナレーションって一体何だろう。思想教育の一環だったりするのかしら。他の国でこの手の映像が流されるときには、どんなナレーションが入っているんだろう。 (・・・) そんな僕とは別のところで、「大自然の厳しい掟です」という言葉を聴くと絶頂を感じてしまうひとというのが世の中には居るらしい。シートン動物記や

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    rAdio 2008/09/11
    アンチ・テンプレートパターン
  • 「妖怪どっちもどっち」の誕生 - 過ぎ去ろうとしない過去

    http://tinyurl.com/69j336 ここだけではありませんが、「被害者叩きをしている人間を叩いている人間もまた被害者を愚弄しているのだ論法」こと妖怪どっちもどっち*1が発生しています。 沖縄の米兵レイプ事件のときも同じような展開になりました。確かに今回の場合、「死ね」という言葉を使うことが果たして適切だったのか議論する余地はあるでしょうが、タイトルのような論法によって結局全部うやむやにしてしまう方向性に向かうことについてははっきりノーと言っておきます。 さて、「被害者叩きをしている人間を叩いている人間もまた被害者を愚弄しているのだ論法」的妖怪どっちもどっちは、今回のように―これはある意味で逆説的ですが―被害者に落ち度がほとんど見当たらないとき、によく出現します。 今回の場合、伊藤氏を「自己責任」として非難した人間に批判が集中しました。そして批判自体はまったくもって正当であっ

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    rAdio 2008/08/29
  • 「要は勇気が無いんでしょ?」からはじまる自由の行使 - 過ぎ去ろうとしない過去

    http://anond.hatelabo.jp/20080816045217 http://d.hatena.ne.jp/asami81/20080821/masuda http://d.hatena.ne.jp/guri_2/20080822/1219377408 http://d.hatena.ne.jp/good2nd/20080823/1219462148 コミュニケーションにはルールがあります。ですが、ルールから外れた行為もコミュニケーションなのです。ただ、ルールから外れたコミュニケーションは、そのルールが成立している社会においてしばしば行為者を不利にします。 ところで、ルールがあるということと、そのルールが「正しい」ということは別です。この増田は別に悪いことをしているわけじゃないじゃないですか。ただ、ルールに外れた行為をしただけです。行為としては、年収学歴で人を差別したり馬

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    rAdio
    rAdio 2008/08/23
    ただ、「規則」「規範」に従うのは、例えば非コミュな人に楽なこともあるし、要はそのルールが絶対じゃないってのがしんどいんだよなぁ。例外のない完璧なルールでできた世界なら、どれだけ楽なことか…。
  • 正しい左翼なるものについて - 過ぎ去ろうとしない過去

    いやその、確かに実践の問題については、左翼としては常に再び問われ続けなければいけない問題であり、やらない理由を持ち出して正当化することは出来ないだろうとも思いますが、少なくとも「貧困を問題にしたければまずお前が全財産寄付して」式の――プリミティヴというか幼稚な――シニズムは、中学生までで卒業したいものです。 関係あるかどうかわからないんですけど、ぼくはよくはてブに「内容は支持できるがふざけてるのが残念」みたいなことを書かれます。確かに意図的にふざけることもあるんですけど、たまにふざけてるっていうけど自分ではどこがどうふざけてるのか分からないこともあったりして、なんか自然にふざけてしまうみたいなので、その、諦めてください。 諦めてくださいというのも不誠実な感じですけど、「ふざけてるのが残念」の裏に、正しい左翼像みたいなものがあるのが見えて、それに従うのも気にわないのです。左翼は誠実に、真摯

    正しい左翼なるものについて - 過ぎ去ろうとしない過去
    rAdio
    rAdio 2008/08/10
    「文字通り受け取る」「Webは外見が9割」を徹底しておけば、"ややこしさ" はなくなると思いました。
  • 学歴関係無いから - 過ぎ去ろうとしない過去

    http://d.hatena.ne.jp/iammg/20080730/1217359666 http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51088798.html ある奴隷志望者が、もっと「エリート」の足に鎖を巻くべきだと提言したところ、あるマッチョな奴隷に、俺ぐらい優秀な奴隷じゃないと鎖を巻いてもらえねえんだバカ野郎と罵られた事件です。 まあ、ブクマやトラバの分析を見る限り、一応みんな「学歴関係ねえだろ」ということには気づいてます。でも、そこからが問題です。「学歴あるなしに関わらず、社会に必要とされるようなコミュニケーション能力は必要だよ」ブーッ、外れです。正解は、「学歴に関わらず、コミュ力に関わらず、社会はあらゆる人間を必要とする義務がある」です。学歴に関わらず、能力に関わらず、あらゆる人間は自分の仕事を選ぶ権利があるのです。 http://

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    rAdio
    rAdio 2008/08/01
  • 「選択の自由」が排除する人々 - 過ぎ去ろうとしない過去

    http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51011259.html ブクマにも書いたが、これを読んで「わたしは訴える(Ich klage an)」を思い出した。 1941年にドイツで『私は訴える(Ich klage an)』という映画が製作された。その物語は次のようなものだった。 トーマス・ハイトという名の物理学者が、友人の医師から、自分のハナが多発性硬化症におかさされていると知らされる。(…)自分が多発性硬化症という不治の病であることを知らされたハナは、トーマスにこう訴える。「私が最期の瞬間まで、あなたのハナでいられるよう助けてちょうだい。(…)そうするのよ、トーマス。私を当に愛しているなら、そうするのよ。」そしてトーマスはハナに致死薬を与え、ハナは安らかに死ぬ。 (…)トーマスは法廷で次のように訴える。「(…)私のほうこそ告訴します。私は

    「選択の自由」が排除する人々 - 過ぎ去ろうとしない過去
    rAdio
    rAdio 2008/03/04
    いっそのこと、日本国の全構成員から、*等しく* *完全に* 自由をなくしても良いんじゃないかなぁ。といっても、ただの「独裁」とかじゃなくて、完全に「籤引き」だけで全てが決まる、とかの。
  • アレゴリー化する悲惨体験 - 過ぎ去ろうとしない過去

    http://d.hatena.ne.jp/sync_sync/20080226 http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51009734.html sync_sync氏は、自己責任を痛感すべきだ。もちろん、小飼弾なんかに教えてコールしたことをだが。 ぼくが診断するに、この人は末期の自己責任病患者である。 まずは、「責任」という言葉を一端忘れて、「権利」を行使しているのだと考えてみてはどうか。「私はこの会社で働く責任がある」のではなく、「私はこの会社で働く権利を行使している」のだと。それだけで、世の中の見え方がだいぶ変わってくるはず。自己責任ではなく自己権利。「やむなく」でなく「あえて」、「余儀なくされる」のではなくて「踏み切る」。 いやまさにそれこそ、(人質事件以降)一般的に理解されている意味での自己責任ですから!この考え方が身体に染み付いてし

    アレゴリー化する悲惨体験 - 過ぎ去ろうとしない過去
    rAdio
    rAdio 2008/02/28
    だから実際にテロの刃を向けてやればいいんですよ。不遇にあえいでいる人は何人もいる…一人が駄目でも、また次がいる。いつかはきっと、その切先を届かせることができる。
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